主人公名:来栖暁
-------

夕方ルブランに帰ると女の客がテーブル席でコーヒーを飲んでいた。暁の鞄に入っているワガハイに気が付くと、あら、と呟いて目を細める。
「かわいいペットですね」
ペット、と言われて一瞬暗闇でも覗いたような気持ちになった。このニンゲンの言っていることは間違っていない。他人から見ればワガハイはペットだ。ゴシュジンだってワガハイのことをそう思っている。何も言わず黙っていると、暁がふと「いいえ」と首を振り客に向かってこう口にした。
「恋人です」
「……は?」
ワガハイと客の声がキレイに揃った。もっとも、客にとってはニャーとしか聞こえなかっただろうが。

「オマエ馬鹿なんじゃねえの?」
屋根裏に上がって鞄をソファーに下ろした暁にそう言葉を投げつける。暁は制服の上着を脱いでハンガーに吊るしながらワガハイのほうを向いた。
「なんで」
「冗談ヘタすぎなんだよ。客引いてたじゃねえか」
言われても暁はそうだななんてぼやぼやと呟いて軽く笑ってみせる。コイツはたまに何を考えてるのかわからない。取引相手には何もかも開示すべきなんじゃないのかよ、規約違反だ。若干腹が立ってきたせいか自慢の毛並みが逆立ち始めるのを感じていると、ベッドに腰をかけた暁がワガハイの名前を呼んだ。
「冗談じゃないよ」
「いや冗談だろ。ワガハイ、オマエと恋人じゃねえし」
「じゃあ付き合ってよ」
「付き合わねえよ!」
ワガハイには心に決めた女性がいるって何度言えば覚えるんだコイツは。そうかなんて言って本気で残念そうにしてるのが逆にわざとらしい。だいたい、なんで猫と付き合おうなんて思えるんだ。いやワガハイはニンゲンだが、今現在の姿はいちおう猫だし。……でも本質的にはニンゲンなんだからおかしい気持ちではないんだろうか。いやいや、けど男同士だ。もはや情報が多すぎてよくわからなくなってくる。もう深く考えるのは止そう。
「……うん、冗談でいいよ」
両手を組み合わせて暁はまた笑う。額を隠す髪がちょっと揺れて普段は現れない下がり眉がちらりと見えた。どうして眉毛を下げただけで困ってるように見えるんだろうか。表情っていうのは不思議だ。なんてどうでもいいことを考えていたとき、暁が「でも」と小さく呟いた。
「モルガナより好きな人なんていないよ」
「……続いてんじゃねえか、冗談」
「ごめんな」
何で謝るんだ、と訊こうとしたのに、どうしてか口をつぐんでしまった。「人」という言葉はワガハイにとって確実に正解なのに、何故か寂しくて仕方がなかった。きっとこんなに切実で悲痛な目で真っ直ぐに見つめられてるからだ。やっぱりコイツは冗談がへただ。そのへたな冗談に、どうしたって付き合ってやれないのがやるせなかった。
「オマエ、ずっとこういうこと繰り返して生きていく気かよ」
窓の外で何かのベルが鳴った。チリン、って夜なのも憚らずにうるさく響く。
「……モルガナ。一緒に死んでって言ったら死んでくれる?」
「死なねえよバカ」
「はは、冗談だよ。今日はもう寝ようか」
「……ワガハイのセリフだぞ、それ」
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -