「引き戸がさ」
「ああ」
「家の」
「……ああ」
「滑りが悪いから」
「……」
「蝋を塗らなきゃなって……」
「……もう三度は聞いたぞ、その話は」
ええ、と不思議そうにオレを見る男の目は酒に酔いながらも曖昧に焦点をこちらに合わせる。惚けた眼は月明かりをそこに溶け込ませていた。土壁にもたれかかる体は畳の上でだらしなく足を投げ出している。その安心しきった様を眺めながら美味くもない酒をただ酔うためにあおった。
「先刻から同じ事ばかり吐くな、キサマの口は」
「そうかな」
「そうだ」
それだけ酔っているということだろう。そう言ってやると、また「そうかな」と呟いた。堂々巡りを続ける会話は何の実りも生みはしない。それで良いと思えるのは酔った証か否か、答えなどとうに分かりきっている。
「ごめんな、うっとうしいだろ」
「それも三度聞いた」
ははは、などと緩みきって笑っていやがる。そのだらしない表情にこちらがずいぶん心を砕いているのをこの男は知っているのだろうか。知らなければ良いと思うが、知っていても良いとも思う。小さく笑えば吐息すら小さく震えたものだからさらに笑えた。
「おまえが話し相手をしてくれるのは、やたらに贅沢な気がしてくるよ」
「何だ藪から棒に」
「自慢の友人だなって話だよ。居てくれるとずいぶん助かる」
「……居てくれないと困ると言え」
そんな嘆願すら結局は酩酊の中で幻に昇華するのだ、薄く張られた膜は見た目ほど脆弱ではない。破ろうともがこうと徒労ばかり身を襲う。それでもと視線を熱心に寄せ続けた。いつかこの男の頬を柔く撫でてみたいと、そんな事ばかり考えながらやはり酒をあおる。感情を調整するのに都合がいいのだ。
「おまえと添い遂げる女性はきっと幸せになるだろうな」
「はは。何ならキサマがオレと添い遂げるか」
「ははは!おまえって冗談も上手いんだものなあ。かなわないな」
高らかに笑い声をあげる能天気な男の脛を強く蹴ってやった。痛いと言ってまた笑う。果たして誰が一等馬鹿なのか。
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