「告白の練習をしようかと思う」
酒を注ぎ足そうと手にした酒瓶はすでに軽く、仕方がないと横に置いてあったもう一つの酒瓶を手に取り蓋を開ける。その一連の動作の途中に耳に入った成歩堂の一言を、やや遅れて認識した。
「何だ、懸想する相手でも出来たか」
「いや。いつかそういう日も来るかと思って。後学の為に」
それは良い心掛けだ。オレ達は家系を存続させるためにもいつかは身を固めるだろう身だ、色のある事柄について免疫を高めておくのは利口だと言える。今までは成歩堂から特にそういった話を聞き及んだことが無かったのでそういった部分で消極的なのではと懸念していたが、こういった向上心があるのならば杞憂といったところだろう。その真面目な面に免じて、オレは膝を手のひらで打った。
「いいだろう。練習相手になってやる」
「本当か」
助かるよ、と破顔した成歩堂は何杯目かの酒を一気にあおり、今まで以上に顔を赤らめた。しかし酒を注ぐその手は止まらない。もう少しつまみを用意しておくべきだったかも知れない。
「では、ぼくが『ずっと貴女の事を慕っておりました』と言うから、おまえは『嬉しい』だとか『私も』だとか、とにかくそれらしい返事をしてくれ」
「お安いご用だ」
頷くと、成歩堂が胡座を正座に正してごほんと咳払いをした。その後気合いを入れるためか長い嘆息を吐いていたが、その吐息たるや強烈な酒くささである。まあ、オレも似たようなものではあるのだが。「いくぞ」と"あるこーる"によって融けた瞳がオレを真っ直ぐに見据えたので、オレも足を正座に変えて「来い」とだけ返事をした。
「ずっと貴女の事を慕っておりました。ぼくと交際していただけませんか」
成歩堂の目はただ真摯に、オレの網膜に刺さる。かなり蕩けてはいるものの普段以上に真面目な眼差しだった。友の男としての視線と言葉を受け取ったオレは、暫くの沈黙の後、「嬉しい」と言った。そしてそれを皮切りにオレと成歩堂はほぼ同時に思いきり吹き出した。男二人が顔を付き合わせて一体何をしているんだという感情が限界に達したのである。
「ああ待て、待ってくれ、腹がちぎれる」
「おまえ、おまえ!何が『嬉しい』だよ、しかもめちゃくちゃ仏頂面で」
階下に響くことも厭わずひとしきり腹を抱えて笑った。頬の筋肉がひきつって痛みを生み出しているし、脇腹も似たようなことになっていた。笑いが過ぎて噎せている成歩堂を見やりつつ、何とか波を引かせていく。途中、とあることが閃き成歩堂の肩を叩いた。胸に手を当てまなじりに涙を浮かべた成歩堂がオレを見る。
「オレにも練習をさせろ」
「……はははは!」
せっかく引き始めていた笑いの波がまた寄せ、二人でさらに笑う。やがて肩を盛大に震わせながら、成歩堂が「いいよ」と言った。雰囲気作りの為にまたもや居住まいを正し、今度はオレが咳払いをして長い息を吐く。そこで成歩堂が「酒くさ!」とまた笑った。
「では、成歩堂龍ノ介」
名を呼ばれ、成歩堂は頬を両手でべちべちと叩きながら正座になる。何とか笑うまいと気を引き締める様に耐えながら、その目をしっかりと見据えて言った。
「オレはキサマに懸想している。後生だ、オレの物になれ」
ここでまた、暫しの沈黙が生まれる。成歩堂は小刻みに震えながら俯き、やがて泣き出しそうな声で「はい」と返事をした。すぐさままた爆笑である。
「駄目だろその真面目な顔、狡いぞそれ」
「いや、キサマを真似たんだが」
成歩堂は畳に倒れこみ笑い転げていた。腹が痛すぎてそろそろ呼吸すら苦しい。枯れはじめた声を正しつつまた酒をちびりとあおり、よし、と文机を強く叩いた。成歩堂が何とか起き上がり、オレに向かい合う。
「想いが通じ合ったとなれば、最早やることは一つしかない」
「契りあうのか」
「察しが良いな」
ここでまた大きな笑いの波を挟み、数分後無事持ち直したオレ達は互いの目を見合せ「服を脱がせ合おう」と提案した。成歩堂は立ち上がり、オレの隣に腰を下ろしてサスペンダーに手を掛ける。お返しにシャツの釦を外していってやると恥ずかしいなどと心にもないことを言って笑っていた。無事に全て脱がせ合い、いざ合体というところで成歩堂が「ああ」と間抜けな声を出す。
「どうした」
「やり方が分からない」
そこでまた二人揃って盛大に笑い声をあげた。
そして翌朝、目を覚ますと裸で抱き合って眠っていたことに驚いた成歩堂の悲鳴により、オレは朝を迎える羽目になる。
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