すこしまえに、陽毬の容体が急変したことがある。酸素吸入器なしでは生きられない生活がすこしのあいだ続いた。ただでさえ白く透き通った肌がさらに白さを帯びているのを見て、ああ今度こそ死ぬのかな、と漠然と思っていた。けっきょくはなんとか持ち直したのだが、またいつこうなるかわからないと医者が静かに言い放ったので俺たちは心から喜ぶこともできず、晶馬は下を向いてぐずぐずと泣いていた。俺たち兄妹はこんなことを何度も何度も繰り返しながら生きている。陽毬が苦しげに呻く姿を俺たちは何度も何度も目にしてきた。体が危険な状態に陥るたびに、彼女の紫色に染まった唇は晶ちゃんのごはんをたべたいと消え入りそうなほど小さく言葉を紡いだ。晶ちゃんのごはんをたべながら冠ちゃんのおもしろいおはなしをきくの。ぴっぴっと医療器具が奏でる無機質な音に紛れ込ませた彼女の想いを必死に拾って、大丈夫だからなまたみんなでごはん食べられるようになるからなと俺は陽毬に語りかける。晶馬も俺に続いて嗚咽混じりに陽毬に語りかけるのだ。一般家庭にとってごく普通であることを夢物語のように話す陽毬が悲しくて愛しくてこんな願いさえ叶えてくれない神様が憎らしくて俺は陽毬の容体が芳しくない日は毎日毎日運命を呪った。これが彼女の運命だっていうのだろうか。あんなに小さい体にこんな運命を背負わせる神はなんて傲慢でとち狂ったやつなんだろうか。いっそ俺が代わってやれたら、といつもいつも思っていたが、けっきょく代わってやることなんてできるわけがなく。兄妹だなんて言うが、しょせん俺たちは違う人間だということか。どうせ違うなら、おまえに愛を伝えられる立場にいたかったなあ、なあ陽毬。おまえの健康を誰よりも願い、おまえを世界一愛してるのに、おまえに白いドレスを着せてきれいだよとキスをすることもできないんだから。当然おまえはそんなこと望んでなんていないんだろうけれど。

「冠ちゃん」

ふわりと花が咲いたように彼女は微笑む。今日は体の調子がいいらしく、頬にピンクが差していた。蝶よりも花よりもうつくしい彼女が今日も幸せであるようにと、俺は兄としての微笑みを返す。


マリーゴールドの似合う彼女
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