「亜双義、走ろう!」
弾けるように駆け出した成歩堂が、オレの腕を強く掴む。つられて踏み出した足の爪先が痺れ、次に踵をついた時には景色がまるで変わって見えた。横目に流れ行く町並みのすべてを、肯定してしまいたくなる。どうして今走っているのだったか、この男は何をそんなに急いでいるのだったか。胸の中心に現れた新鮮な感情を前に、ひと度記憶が抜け落ちた。大した理由はなかったはずだ。人気の甘味処のくず餅が売り切れそうだとか、それくらいの些事であったはず。しかしこの男は、目の前の目的に向かってオレを引っ張りながら必死に走るのである。それがどうにも可笑しいというか、不思議だというか、好ましく見えた。
「……ふ、ははっ」
「な、何、どう、したっ」
すでに息があがり始めている友が振り返りながらオレに問う。訊かれたところで、満足な答えを返すことは出来そうにない。己ですら、ただ楽しいということしか分かっていないのだから。
ふと思い起こせば、数日前この男が夢に出てきたように思う。普段通りの柔和な笑みを浮かべ、亜双義、とオレに手招きをしていた。その時オレは、ああ良いものを見つけたのだろう、それはオレにとってもきっと良いものなのだろう、とすぐさま思い、成歩堂の方へと微塵の迷いもなく足を向けたのだ。そうか、分かりやすい話だ。それだけの事だ。
「先日だが、夢にキサマが出てきたぞ」
「ええっ?唐突に何っ、はあっ、はあっ」
もう少し鍛えろと言いたくなるほどぐったりとしている成歩堂の背を見ながら、一人また笑う。変わっていく景色が愉快だ。
「キサマと居るのは飽きん、ということだ」



♪恋のうた/スピッツ
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