小学生の時の花火大会の日、夜店のおもちゃ屋でかっちゃんは指輪を買った。いかにも女の子が好きそうな、やたらに大きなルビーが嵌め込まれている指輪だった。どうしてわざわざそんなものを、と不思議がる僕に得意気な笑みを浮かべて近づいてきて、おいデク、といつものように馬鹿にした声で僕を呼ぶ。
「手ぇ出せよ」
「……なんで?」
「なんでもなにもねえよ。出せっていってんの」
鋭い角度の目に睨まれて、小動物さながらに震え上がった僕はすぐさま自分の左手をかっちゃんの前に差し出した。汗で湿った僕の手のひらを見て、かっちゃんはより不機嫌そうに眉をつり上げる。
「逆!」
強引に手を掴まれて向きを変えさせられ、手の甲を月に晒す形になる。かっちゃんは強く力を込めて僕の手を握ったまま、自分の右の人差し指と親指に収まった小さな輪をこっちに近づけてきた。僕の手を握る力が強まる。かっちゃんはそのまま指輪を雑な所作で薬指に通した。まだ幼少も幼少の頃の僕の指にそれは少し大きくて、ぴったりと指には嵌まらなかった。かっちゃんは僕の指で場違いに輝く偽物のルビーを見下ろして、悪意を丸出しにして笑う。
「おんなみてえ」
プラスチックで出来た安っぽいルビーは眉を寄せる僕の顔も口角を歪めるかっちゃんの顔もろくに映しはしなかった。もうすぐ花火だねと周囲がざわめき始める。濃く増す熱気はまるで炎を生み出した後のかっちゃんの手のひらのように熱かった。
「だっせえの」
かっちゃんがそう言った直後に、夜空に大輪の花が咲いた。辺りが一気に明るくなって、かっちゃんの輪郭が照らされる。遅れて大きな音が振動とともにやって来て、僕の心臓を激しく揺らした。周りの人達が一様に歓声をあげる。かっちゃんは僕から外した視線を空に向けて、「デクのせいでみれなかった」と少し苛立ったように呟いた。僕はしばらくの間かっちゃんから目を逸らさなかった。

あれからもう数年が経った。何故だかあの時の記憶は鮮明に残っている。夜店で何を食べただとか、お母さんがくじ引きでティッシュを当てただとか、かっちゃんの声や表情や、あの指輪だとか。特に指輪についての記憶がぶれることはなかった。だって僕は今もあの指輪を持っている。どうしてだか捨てられず、ずっと。
組み敷いた体は抵抗に疲れたのかぐったりとベッドに沈んでいた。かっちゃんの攻撃を防ぎながらワン・フォー・オールを控えめに発動させ動きを封じる僕も、もしかしたらかっちゃん以上にぐったりしているかもしれない。掴んだ手には青く血管が浮いている。
「殺す」
さっきからずっとそれだ。僕を睨みつける瞳は凶悪で強烈だったし、眉間の皺はあまりに深く刻まれている。つい癖で怯んでしまうけれど、昔に比べればずいぶんマシになったものだった。動きを止めるまではいかない、耐えられる。僕は手に力を込めながら制服のズボンのポケットをまさぐった。指先に小さくて軽いものが当たる。それを人差し指と親指で掴んで表に出した。輪の塗装がほとんど剥げたあの時の指輪。ルビーの部分も小さな傷がそこかしこに付いている。確実にあの頃よりも大きくなった僕らにとって、当時ぶかぶかだったこの指輪は今やあまりに小さくてちっぽけな物へと変わっていた。輪の中を覗きこんでも、見通せる景色は狭い。
かっちゃんの左手に指輪を向かわせる。嵌めるのは薬指だって決めていた。輪は爪をぎりぎり通り越して、しかしすぐに第一間接に引っかかる。指先に掛かるそれはあまりに不格好で、けれど目を惹き付けるものがあった。ずっと不思議に思っていたことがある。かっちゃんは僕を不愉快にするためだけに指輪を買ったのか。そして、どうしてかっちゃんは僕の左手の薬指にわざわざ指輪を嵌めたのか。果たしてかっちゃんが意味のないことをするだろうか。いつまでも悪意に踊らされている。
「かっちゃん」
その眼差しから発せられる激情を受け止める。僕も彼ももう、小学生ではなかった。小さなルビーが一瞬煌めいて、僕と彼の表情をその姿に映した、ような気がした。
「……おんなのこみたいだね」
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