※龍ノ介結婚してる
亜双義生きてます
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葬式帰りかと言わんばかりの顔で友がぼくと妻を見つめていた。寿ぎに来たとは思えないような暗い目に面食らう。どうしましたかと尋ねる妻の手を強く握りなおした。妻にばれないよう、そっと息をのむ。

「キサマは良い男だ。自慢の相棒だ」
「……ありがとう」
先刻から同じような事を何度も繰り返し話す亜双義は酒をたらふく嗜んだあとで、とても珍しいことにへべれけと称するに近い状態にまでなってしまっていた。だらしなく緩む口元と今にも机に突っ伏してしまいそうに折り曲げられた背中、大学生の頃からそこにあるもはや個性の象徴とも言えそうなその赤ハチマキのたなびきもひどく弱々しい。ただ目元だけはいつも通り凛々しいところが不思議だった。亜双義は酒ばかり呑んで自ら注文した牛鍋特大盛にあまり手をつけていないので、ぼくばかりその量を減らしていってしまっている。おまえも食べろよと何度言っても聞く耳を持ってはくれなかった。
「キサマは昔から、いざという時にはやる男だった。意志が強く諦めが悪い。そういうところをオレは見込んでいた」
「……そうなのか」
いつも以上によく褒められる。亜双義のぼくへのそういった言葉はなかなか尽きることがなかった。どう返答すれば良いのか分からず、ただ曖昧に相槌を打つ。ぼくの鍋をよそう手は止まらないし、亜双義の酒を注ぐ手も止まらなかった。いったいどういう酒席なんだこれは、と胸中で苦笑する。
見合い結婚をした。お相手は家柄の良い淑女で、顔合わせのその日に彼女の御両親によって取り決められたものだった。ぼくもいつかはするものだと思っていたし、淑やかで可愛らしい女性だったので、断る理由は何もなかった。亜双義から文が届いたのはぼくが結婚してから二月程経った日のことだった。新しい門出を祝おうじゃないかと言うので、呑みに来てみれば親友はこの有り様だ。ぼくの結婚の話にはなかなか触れようとせず、ただぼくを褒めている。ぼくはただ牛鍋を食べている。
「キサマならば、この先何があっても安泰だろう。何せキサマの周りには多くの味方がいるんだ」
「ああ、そうだな。妻もいてくれるし……」
そこで亜双義の動きがゆるく止まった。杯の水面をじっと見つめている。静かな目をしていて、波紋はなかった。音を立てずに杯を置いて、成歩堂、とぼくを呼ぶ。
「結婚はどうだ」
「どう、って言うと?」
「良いか悪いかで答えればいい」
「ああ。それなら、良いよ。勿論」
妻は大人しく、よく気のつく女性だ。しかしぼくが迷った時は共に考え、気兼ねせず意見を述べてくれる。妻の料理は美味しいので毎日の食事が楽しみだ。あとは互いに甘いものが好きで、よく一緒に甘味処へ連れ立つ。こうなると、結婚しなければよかったなどとは思えなかった。
ぼくの答えを聞いた亜双義はしばらくの間ずっと押し黙っていた。静寂が仰々しくぼくらの狭間に横たわる。亜双義おまえ今日はずっと、ぼくの目を見ないな。そんな事にようやく気づいた。
「成歩堂」
冷えた声がぼくを呼ぶ。冷えた、ではないな。温度も色もない。伏せられがちな瞼から視線を離せないまま、「うん?」と返事をする。思ったよりも掠れた声が出た。
「オレはな」
「うん」
「オレは」
「……うん」
そこからまた暫し沈黙があった。永遠のように長い。亜双義はより俯いて、体を前に倒す。首の後ろの赤は少しもたなびいていなかった。ぼくは何を言うこともできず亜双義の旋毛を見つめている。やがて言葉が紡がれた。
「……キサマの幸福を祈らないほど不誠実ではないが…、……嫉妬もせず気も狂わず、ただのうのうと寿いでいられるほど、………不誠実でもない」
その時、バチン!と頭のなかで音がした、ように思えた。何故だか走馬灯のように記憶が巡る。倫敦に来ないかと言ったあの言葉、冗談ではなかった。出発の日、出航の直前に突然握られた腕の強さに気がつかず「どうした」とだけ返してしまった。共に布団を並べて寝たとき、首筋に焦げ付くような視線を感じた。ついこの間、ぼくと妻を見ていた亜双義の表情。そんな顔で人を寿ぐな、そう思った。思ったではないか、ぼくは。
かと言って何をどうすることができる。今その震える手を握りでもしてみろ、この男はきっとぼくを永遠に拒否してしまう。まずそんなことをするつもりなど毛頭なかった。ぼくはぼくなりの誠実さで、妻を愛している。
「酔ってるな」
「……」
「酔ってるだろ」
「……そうだな」
酔いすぎた、と言った亜双義に珍しいなあなんて月並みな言葉を返して笑った。急に葬式会場のように空気を変えた場に、亜双義の緩やかな笑みだけが光を灯している。拳を握って、手のひらにひどく汗をかいていることにようやく気づき、ぼくは静かに酒をあおった。
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