おだやかかつゆるやかに過ぎる時間の中で、亜双義の笑顔はいつもよりやわらかく綻んでいた。この場に雑然と転がっているのは酒瓶と程よく酔いどれたぼくたちだ。うつろな頭はふまじめと無遠慮の中、亜双義のかすかに赤く染まった頬と、はだけたシャツからのぞく首筋と鎖骨に思うままに目を向けていた。いくら見つめたって何があるというわけでもない。ただ、当たり前だけど、教授や親しくない学友の前ではこんな姿は見せないのだろうな、と思う。亜双義はぼくの視線に気づいているのかいないのか、今日の講義の話や少し変わった教授の話なんかを繰り広げていた。言葉を操る職を目指しているからだろうか、それらは理路整然としていてわかりやすく、面白かった。ぼくは話を聞きながら笑い、酒を呑む。そんなことを繰り返しているうち、やがて亜双義はふとこんなことを切り出した。
「キサマは気持ちの良い男だな」
「ん? 何だよ、唐突だな」
「唐突なものか。ずっと考えていた。キサマは、笑った顔がいい。見ていて楽しい」
酒のせいか少し浮いたような声音で、そう告げられる。ぼくはどうにも、……どうしたらいいのか。頭の奥が弾け、揺らいだ。ほぼ衝動的に亜双義に手を伸ばす。肩を掴み、ぼうっと目を見つめた。亜双義はもちろん意図なんてわかっておらず、酔っ払いかと可笑しそうに笑っている。友情とは何なのだろう。触れたいと思うのは、友情なのか。もしそうでないとしたら、それはいったい何だというのか。
歪む唇に自分のそれを近づけた。作法なんてものはわからないけれど、することに意味があるのではないか、と考えた。けれどそれは、遂げることなく阻まれる。亜双義の手が、直前まで迫ったぼくの口を塞いだ。
「こら」
ほどけた笑顔が「まだだ」と笑う。実に楽しそうな表情だった。拒絶ではないということははっきりとわかる。「まだ」というのだ、この行為を。じゃあ、時期を待てばしてもいいのか? ますます頭は混乱を極めはじめた。でも亜双義、おまえも知っているとおり、ぼくは直感を信じたいほうなのだ。思いつつ、一度素直に体を離す。亜双義の体が油断に放り出されたところを見計らい、肩を強く押した。その体は容易に床に倒れる。少々目を丸くした男に重なり、顔を近づけた。亜双義の息が詰まるのを感じる。目が閉じられかけたその瞬間、亜双義の口を手で塞いだ。自分の手の甲にそっと口づけをして、すぐに手を離す。亜双義は、またしても目を丸くしていた。
「まだ駄目なんだろ?」
「……妙に律儀だな、キサマは」
今度は呆れのような、けれど別の意味を含んでいるような笑顔を浮かべている。ぼくもぼくで口端を緩めた。亜双義の瞳の中で、小さな炎が燃えていた。灯りのようにともっている。やがてその手が伸び、ぼくの手首をしっかりと掴んだ。力のままに手を導かれる。それは亜双義の唇にたどり着き、ぼくの手のひらに、赤い舌が這った。人差し指と中指の間、爪なんかを愛撫されていく。肌の表面がやけに敏感で、くすぐったくて仕方がなかった。
「ここからは、もう少し先だな」
口を離し、亜双義はそう言ってみせる。手の感触は鮮明にぼくの中を巡り、血を沸騰させていく。胸のあたりがどうにもむず痒かった。けれど少しわくわくしている。自分の感情さえよくわからない中、亜双義はやはり機嫌が良さそうに笑っているのだ。その笑顔、あまりにも意地が悪い、と思った。
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