お題:調和する床
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熱く沸いた茶が冷める暇もなく倒れた器から零れ、畳に染み込んでいく。ああ傷んでしまう。せめて少しでも手拭いか何かで拭いたほうがいいのではないかしら。そうぼんやりと頭の隅で思考は働くものの、心はもうそんな場所に留まってはいなかった。亜双義の眼差しは、一寸たりとも茶のほうになど向かわない。その瞳に映すのは、ただただぼくのみだった。外で降っている小雨が屋根を伝い、際限なく地に落ちていく音が、もうずっとはっきりと聞こえている。成歩堂、とぼくを呼ぶ声、強い輪郭を浮き彫りにしていた。
「傘は持ってきたか」
ぼくの手を握っていないほうの亜双義の手、机の上の半端に開いた手を見やる。親指の爪で人差し指の爪の隙間を弄っている。部屋には雨の匂いが漂っていた。嫌いではないと、確かこの前おまえは言っていたな。ぼくも雨の匂いは好きだ。
「忘れたかもしれない」
なんとかそう紡ぐ。すると亜双義の口の隙間から赤い舌が現れ、そっと唇を舐めあげた。もう時間は夕方のころで、曇天のせいもあり部屋の中は薄暗い。それでも赤は鮮明に見えた。釦の一番上を外したシャツからは鎖骨がのぞいていて、筋肉に沿って服に皺が寄っている。毎日目にしているものだ。それなのに、頭には血が昇っていく。
「今夜は泊まっていけ」
一晩中雨が降る。何の根拠もないというのに、亜双義はそう言い切った。ぼくは絡められた指を一度解き、湿る畳に手を乗せる。ゆっくりと亜双義に近づくと、大きな手がぼくに伸びた。首の後ろに手が回り、そのまま前へと引き倒される。
「畳が傷むな」
今さらそんなことを言って歪んだ唇に、赤い欲を滑り込ませた。
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