本日の学業の終了後、あらかじめしておいた口約束のもとに成歩堂と大学の門扉の前で落ち合った。十分程待っていた折りに現れたその姿は息を切らしている。ゴメン、待ったか。そう紡がれる言葉に「そうでもない」と返してやると、安心したようにその眉が下がった。
「いやあ、教授にイキナリ雑用を頼まれてしまって」
「資料運びか何かか?」
「うん。西の端っこから東の隅の部屋へ運べって」
「……それでよく間に合ったな、キサマ」
教授サマというのは、ただで学生を使いすぎる節がある。オレたち学生はキサマらの所有物ではないと言ってやりたい気にもなるが、単位、という単語を出されてはたいていの学生は従う他なかった。この男も例外ではないのだろう。ああ額の端、こんな真冬だというのにうっすらと汗が滲んでいる。そのあたりへ指を差し向け、ひたりと触れた。途端、その体が大袈裟にびくつく。
「亜双義?」
「キサマ、どれだけ急いだんだ。オレが逃げるとでも思ったのか?」
口元を歪めながらそう言ってやり、そのまま汗をぐいと拭ってやる。大きな瞳が揺らぎ、左へ逸れた。さっと朱の差した顔色、ああ夕焼けの色か。もうすっかり空は夜への支度を行っている。
「暗くなる前に、行くぞ」
手を離し、そう告げた。視線が指にまとわりつく。ああ、と呟かれた二文字は少し掠れていた。
路地を進む間、他愛もない会話が止まることはなかった。そういえばこの前の講義で、だの最近の落語は、だのととりとめのないことを口にし続ける。
「そういえば今日の英語学の参考文献、スゴくややこしかったぞ」
「ああ、あれは確かにやたら小難しいな。教授の趣味だろう」
「難しいのが?」
「いや。学生の苦悶する顔を見ることが、だな」
「ああ……」
確かに、と呟き成歩堂は苦笑する。そんな日常会話を繰り広げている内にも足は目的地に到着していた。目的地、成歩堂の下宿である。いかにもな木造の中にはあらゆる学生がギッシリと詰め込まれている。成歩堂はその中の二階の一番北の部屋に居を借りていた。
「亜双義は実家暮らしだよな」
「ああ。家と大学にさほど距離はないからな」
「へえ、ぼくも家が近かったらなあ。……あ、今日は泊まる?」
「いいのか?」
「うん。いいというか」
と、そこで言葉が途切れた。続きを待つが訪れない。成歩堂は少し上擦った声で「いや」と曖昧に呟き、歩を進めた。疑問には思ったが、追及はしないでおく。歩くたびに床がぎしりと軋む。成歩堂の後に続きながら、その背を見詰めた。服の皺。背の筋肉。……ああ、まだ早い。軽く唇を噛んだ。
引き戸を開け、成歩堂が部屋へと入る。失礼、と一言断りオレも足を踏み入れ、後ろ手で戸を閉めた、途端。成歩堂が戸に手をついた。音が揺れ、鼓膜で騒ぐ。その顔を確認する暇もなく乱暴に唇が塞がれ、舌が口内に押し入ってきた。赤くぬめるそれを絡ませられ、唾液が送られる。喉を鳴らしてそれを飲んでやると、より激しく中を貪られた。溢れた唾液は顎を伝う。歯列をなぞられ息が洩れた。しばらくそうして互いをまさぐった後、一旦口を離す。あやしく光る糸が伸び、切れた。ゆっくりと手を上げ、成歩堂の頭をわしわしと撫でてやる。
「今日一日、よく我慢したな」
「……『待て』ぐらい出来るよ」
そう言いつつ、逸る手でオレの詰襟に手を掛けている。相当限界だということは全身から伝わってきた。まあ、オレも人の事は言えまい。
成歩堂と会うのは果たしてどれくらいぶりだろうか。この男が実家に帰省して一週間、帰ってくると試験期間に突入しまた一週間、やっと済んだかと思えばオレが家庭内での急な用事に駆り出され五日、その後も成歩堂がここの大家の方に下宿の屋根の修理を頼まれたりオレの方は教授に手伝いを頼まれたりと、何だかんだと結局一ヶ月近く会っていなかったように思える。そういった日々を経てようやく互いの都合が合致した今日、溜まりに溜まった様々なものは朝から早々に体内を渦巻き続けていた。
「それにしてもキサマ、講義の最中のあれはどうなんだ?」
「え?」
「見すぎだ」
今日の英語学では成歩堂と隣の席には座らなかった。隣に居ることで共に集中力を欠いてしまってはならないと思ったからだ。しかし、この男。離れた席からオレを焦げ付かせるかのように見詰めていた。横顔やうなじに刺さるそれを受け止めながら、ああ性質が悪い、と何度胸中で呟いたことか。疼く体を鎮めるためには、ただじっと教授の話に耳を傾け続ける他に対策はなかった。
「ああ……悪かったよ」
生返事をしながら、するすると釦を外していく。いつの間にか前を開けられ、その手はシャツに伸びた。白越しに脇腹を緩慢にさすられ、どうにも形容できない歯痒さに小さく身を捩る。
「亜双義。今日、泊まるんだよな」
「ああ。キサマがいいのなら、そうさせてもらうが」
「良かった。……帰ってほしくなかったから」
言いながら、首筋に顔を埋められた。肩を甘く噛まれ、そこからじわりと熱が生まれる。成歩堂の少し荒い吐息が間近に存在していた。ああ、先程言い淀んだのはこれだったか。……帰したくないとでも言えば、もう少し格好がつくだろうに。胸の奥が痒くなり、その背に手を回しありったけの力を込めてやる。
「あ、亜双義、痛い」
「顔を上げろ」
言われて素直に顔を上げた成歩堂の唇に、今度はオレが噛みついた。目を閉じもせずそれを享受する男のぎらついた瞳にあてられ、体の中心が燃えるように火照る。一晩で足りるといいがな、と、心の中でひとり呟いた。
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