「別れようか」

そろそろ、と彼が言い終える直前で両耳を塞いだ。そんな話を聞くために俺はあなたの家に泊まったんじゃない。あなたとずっと一緒にいたいから、ここにいるのに。無機質な四角くて黒い机の前に腰を下ろす俺に背を向ける形で、彼は二人分の朝食を作っている。といっても、野菜炒めとカップラーメンのようだけど。まあそれはいい、朝食のメニューなんてものは至極どうでもいい。俺の方なんてまったく見ようともせず別れ話を切り出したこの人のほうが、今は問題なのだ。べつに、別れようと言われたのは今日が初めてというわけではなかった。今までも4、5回、そんな話を聞かされたことはある。2回目までは彼は珍しく俺の目を真っ直ぐ見つめて、こんなこと続けてお互いなんの得になるんだい、と言い聞かせるように告げていた。しかし別れたくありませんの一点張りで貫き通す俺を面倒くさいと思い始めたのだろう。3、4回目は煙草をぷかぷかとふかしながらとっとと別れてくんない、と投げやりに告げるようになった。俺はといえば、両耳をきつく塞いで彼の言葉をシャットダウン。そして現在、ついに彼は俺を視界に入れないまま別れ話を持ち出した。もう俺を見ることさえ煩わしくなってしまったんだろう。何も聞こえませんと子供のように主張すれば、台所から彼のため息が朝食と共に運ばれてきた。カップラーメン2つと、大きな皿に乗せられた野菜炒め。それを机に置いている間も彼の目は伏せられていて、俺を捉えることはない。それでも朝食は用意してくれるんだから、足立さんやっぱりあなたまだ俺のこと好きなんですよ。俺がいないと生きていけないんですよ。どうしてそのことに気づけないの。俺を失ってから気づいたって手遅れなんですよ。
憎らしそうに眉間に深い深い皺を刻む足立さんは、椅子に座るとまたため息をついた。幸せが逃げちゃいますよと揶揄すれば、呆れたようにまた大きなため息を。そして机に置かれていた箸を掴んだかと思えば野菜炒めにそれを伸ばし始め、不味そうに不味そうに咀嚼を繰り返していた。その光景をぼんやり眺める俺に、足立さんは箸を差し出す。しかし俺は受け取らない。だってこの両手を耳から離した瞬間に、足立さんはまた別れ話を始めるだろうから。しばらくこちらに箸を向けていた彼は、俺に受け取る意思がないことを悟ると、眉間の皺をさらに深く刻み乱暴に箸を机に置いた。ああ目に見えて苛立っている。こういうときの足立さんが俺はたまらなく好きだった。だって俺のせいで、彼のペースが狂っている。感情的な足立さんを見る度に、ああ今俺は彼を支配しているんだという事実に酔いしれた。ああ、たまんない。めんどくさいやつに引っかかっちゃいましたね足立さん。

「ねえ足立さん、俺ね、何があってもあなたから離れませんからね」

うっとりゆっくりそう告げる。ポーカーフェイスはどこへやら、彼の表情は実にわかりやすく不愉快の色に染まっていた。あ、その顔もだいすき。
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