親友が口のあたりにアケルナと書いてある紙を貼りつけて佇んでいる。その紙といったらあの紙だ。ぼくの魂の一筆である、あれだ。いざこうして眺めてみると、開けられぬように必死で祈っていた自分のその焦燥がよく現れていてなかなか面白い。が、それを貼りつけて無言で立っている亜双義もなかなかに面白い。
「何だよ、それ」
「   」
眉をしかめて何やら言いたげな顔をする。けれど亜双義はその紙を外さない。アケルナ、アケルナ、と紙がひらひら揺れたが、口元は見えない。
「外せばいいのに」
「         」
言ってもまた紙をひらつかせるばかりで、外そうという素振りすら見せない。腕だって組んだままだ。けれど鬱陶しそうな顔はしている。どういう心境なんだろうか。邪魔だけれど外さない。邪魔だけれど、外せない?
「ぼく、ひっぺがしてやろうか?」
自らを指差しつつ提案してみる。しかし亜双義は何故か眉間の皺をより深く刻み込み、しばらくこっちをじっと見つめた。やがて、その首がゆるりと振られる。
「   」
「……どうして断るんだ?」
「        」
「ぼくじゃ外せないのか」
「   」
いくら耳をすまそうとも言葉は聞こえない。その紙を外せば声が聞こえるのではないかと思うのだけれど、亜双義はそれを拒む。わからない。言葉を武器としていたこの男が、言葉を無くしているだなんて。
「何も言えないのか」
「         」
「本当に何も?」
「   」
「……否定も肯定も、もう何も、してくれないのか」
亜双義の目元が緩む。どうしてそんな顔をするのか。まるで本当に、一生話せないかのようではないか。その様は何かに似ていると思った。何だったか、口が無いもの。何々に口無しという、あれ。
「亜双義、ぼくはこれからどうしたらいい」
「    」
「おまえが誘った旅じゃないか」
「    」
「……またなと言ったのは、嘘だったのか」
亜双義の瞳の中で膨らんでいく感情にぼくは気づいていた。そんな目をしてくれるな、ますます孤独になってしまうようだ。目尻を拭いながらその体に近づいて、紙をべりりとはがす。そこでぼくは思い出した。ああ、死人に口無し、だ。
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