現パロ
お題「俺は宇宙」
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ゆらりと漂う言葉や視線も、もはや居心地すら良いのだ。成歩堂龍ノ介。あの男の言葉、生き方、価値観、すべて興味深い。その瞬きを見つめ言葉を聞くたびに、まるで星が生まれるかのような、ロケットが宙へ飛ぶ際の轟音を間近で聴いているかのような。不可思議で捉えどころのない感情が、オレの心に宿るのである。

「宇宙、行きたいなあ」
テレビに映る宇宙旅行キャンペーンだなんだというCMに目を奪われていた成歩堂が、満を辞してそう呟いた。言うと思っていた。
「勝手に行け」
「ええ……宇宙だぞ? 一人は心細い」
「なら行かなければいい」
互いに缶ビールを傾けながら会話する。居酒屋で呑むのも嫌いではないが、コイツとは家で呑むほうが合っているように感じられる。塵のように軽い積もる話は、ざわついた店内には合わない。
「一緒に来てくれないのか、亜双義」
「宇宙には特に興味がないからな」
「……ぼくにはイギリスに着いてこい、なんて言うのにか」
「それとこれとは話が別だ」
「おまえってそういうところあるよなあ……」
苦笑の声すら愉快な音楽だ。そうだ、オレは一ヶ月後、イギリス留学のために日本を発つ。ようやく勝ち取った未来への切符だ、心が浮わついていない訳はなかった。だがひとつ、しこりにも似た心残りがある。この男を此処に置いていくという事実が、どうにも後ろ髪を引いた。トランクにでも詰めて連れていけたらどんなに良いか。インターネットで調べたトランクの寸法とこの男の身長や体重や座高を比べ、一人大きくため息をつく日々である。つまらん。
「本当におまえはすごいよな。親友として誇りに思うよ。……もうだいたいの準備はできたのか?」
「まあ、粗方はな。後はキサマを連れていく方法を見つけるくらいか」
「…ほら、またそうやってさ……」
言って、成歩堂は俯いた。軽妙に寄せていた会話の波が引いていく。テレビでは美味しくて安い東京の焼き肉屋ベスト5なるものが紹介されていた。テレビ全体に脂の乗った牛肉が映し出される。しかし、成歩堂は顔を上げなかった。ずいぶん軽くなった缶ビールを傾け、残りすべてを飲み干す。用済みの缶を机の端に寄せ、床に並べてある新たな缶を手に取りプルタブを引いた。プシュ、という軽快な音をきっかけとするかのように、成歩堂が言葉を紡ぐ。
「ぼくだって本当は、宇宙よりイギリスに行きたいよ。外の世界というものがこの国とどこまで違うのか見てみたいし、それに」
「それに?」
「……」
成歩堂はしばらくまた口を閉じたあと、両手で持っていた缶ビールを机に置いた。ちゃぷん、という音がする。ほとんど減っていないのだろう。自由になった手はそのまま机に投げ出していたオレの手に触れた。
「おまえが遠くに行ってしまうことがこんなに寂しいことだと思っていなかった」
指に小さな刺激。軽く爪で掻かれている。成歩堂は真っ直ぐにオレを見詰めていた。普段よりほの暗い瞳の光。炭酸より強い何かが舌の上と胸の奥底で弾けた、ように感じる。
「おまえがぼくにそうやって冗談を言うたび、落ち着かないんだ」
「冗談ではない」
「実質、冗談だ」
星の爆発。超新星というやつか。成歩堂の手は熱い。いや、オレの手が熱いのだろうか。「ごめん酔ってるんだ」と呟く成歩堂の隣には全く減っていないビール缶がぽつりと立っている。次は銀河か。
「成歩堂」
名を呼ぶと指がぴくりと跳ねた。それを感覚で捉えながら、オレもずいぶん毒されたものだと思う。どうしてこの男を傍に置いておきたいかなど、とうに検討はついていた。指を絡め、隙間を埋める。目前の体が大袈裟にびくりと跳ねた。その様子を認めてから、口を開く。
「悪いな、オレも酔っている。……ということにしたほうが、キサマには都合がいいか?」
「えっ、……」
「オレには、都合が悪い」
その言葉を皮切りとして、発火したかのように成歩堂の顔が赤く染まった。その様が少々面白く、つい笑ってしまう。胸が踊っている。
「早く返事をしろ。一ヶ月後にはオレはイギリスだぞ?」
「だって亜双義、おまえ。ほ、ほんとうに……」
「決めろ、成歩堂」
手に力を込めると、また大きく肩を跳ねさせる。テレビでは古い映画の再放送が始まっていた。もう友達として見られない、と俳優が女優に語りかける声。片手を塞ぐ缶ビールが邪魔だ。
「……ぼ、ぼくも」
「ぼくも?」
「ぼくも、よくない……」
今度は成歩堂が手を強く握る。目は逸らされなかった。視線にたくさんの意味を込め、オレになんとか届けようとしている。さながらロケットのような告白。ならばオレは、コイツの宇宙か。
成歩堂が膝立ちになり、机に身を乗り出した。頭上に影が出来る。その顔を見るだけで心臓の音までこちらに伝わりそうだった。亜双義、と少々震えた語尾で呼ばれる。頬に添えられた手も震えていたので、その可愛らしさに免じて目を瞑ってやった。5秒程してから、唇に柔らかな感触が降る。今度こそ確実に、体の中心が弾けた。星が生まれ、耳には轟音。やがて唇がぎこちなく離れ、成歩堂がちいさく息を吐いた。眉を下げてはにかんでいる。嗚呼オレは今、宇宙なのだ。いっそ恥ずかしい程に。
「ところで亜双義、ぼく実は……」
「ああ、少し前から留学を目指して猛勉強を始めたことか? そう簡単ではないだろうが、まあキサマなら期待はできるな。早くこっちに飛んで来い」
「……知ってたのかよ!」


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