じっと見据えた横顔のまなざしの先に雷があった。木を白に照らす激しい稲光。適当な軒下で少しの雨宿り、のはずだった。がなりたてる轟音にけたたましい雨音、隣には親友の姿。
「……雨」
凄いな。そう呟く唇は苦笑の形に引き伸ばされる。その気持ちは良く分かった。雨と雷、次いで風だ。制服はしっとりと濡れそぼり、シャツが肌に貼りついて気持ちが悪い。ついでに家の縁側に舞い込んだ雨風のことを思うと、嘆息しか漏れ出なかった。
「いつおさまるんだろうな」
「ただの夕立だろう。じきにおさまる」
「ううん……そうだといいけど」
会話の合間にも雷鳴は存在を主張するかのごとく差し込まれた。オレより少し低い位置にある頭の頂き、毛先のあたりが小さく揺れる。いつもどういう理屈で尖っているのか不明瞭なその部分も雨に打たれたせいか幾らか弱々しく見えた。雨の音が強いからなのか、何とは無しに沈黙が訪れる。壁に立て掛けた二つの傘はいつまでも水滴を地に滴らせていた。手持ち無沙汰に空を見上げると、遠くでまた閃光がひとつ走る。
「なあ、亜双義」
横から声。返答の代わりにゆっくりと振り向いた。成歩堂は未だ目の先に稲光を据えながら、もし、と呟く。
「このままずっと、雨が止まなかったら」
自分の感覚がそう認識したのか、成歩堂がわざと区切るように話しているのか。何故だか区別がつかなかった。やけに静かなその語り口を聞き逃さないよう、音を拾うための神経が研ぎ澄まされる。雨音が遠ざかっていく。成歩堂は先刻のオレよりももっと緩慢にこちらに顔を向けた。大きな黒の内部にオレが映り込む。そのまままばたきをひとつ。次にヤツがはっきりと目を開けた、その瞬間。閃光によって、成歩堂の瞳が明るく照らされた。そこには普段とは違う輝きが塗りつけられている。表情も、何か。普段とは大きく異なる、まるで静謐な絵のような。何故だ。色とりどりの感情の雨が心臓を打ちつけた。鼓動が逸る。頭に直接響くような、あまりの煩さに驚く。このままずっと雨が止まなかったら。何故、そこで言葉を区切った。この胸の浮わつきは何だ。沈黙の反転。成歩堂の目の中で稲妻が、光っ、た。
「……困るな」
一言。雷鳴が止み、雨音が耳に還ってくる。親友は眉を下げ目を細め、口元を緩める。その瞳にはもう稲妻は映っていない。ーーオレは言葉を返す。
「そうだな」
案外、常通りの声が出た。成歩堂は困ったように笑い、また目前の豪雨に顔を戻す。オレは掌をきつく握った。
先刻の稲妻は何だ。どうして未だ鼓動は落ち着かない。オレはコイツに何をされたのか。また、魔法か? いや、出会いの日のあの衝撃とは毛色が違っている。甘く弾ける胸の奥が痒みを生み出す。足が地から数寸離れている。ああ、これではまるで。
「早く止んで欲しいな」
ぼそりと横で呟かれる。体の中心をチクリと痛めながら、オレはその横顔を盗み見る。真っ直ぐな視線の先には新たな光。光る度に心が掻き乱されていった。混線した思考をまとめられぬまま、オレは声もかけずに成歩堂を見詰める。ただ、見詰める。



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