おまえは絶対に長生きするものだと思っていた。笑顔で童を抱いて、見ろ成歩堂オレの孫がこんなに大きくなったぞと、同じく孫を連れて遊びに来たぼくに自慢するような、そういう未来の凝縮のような男になるのだと思っていた。わからないな、未来なんて。わからないとも、永遠に。

「いつかおまえも結婚するのだろうな」
おだやかな波の起伏を見つめながら隣の亜双義にそう言ったのは、もういつのことだっただろう。あいつはゆるりとぼくのほうに顔を向け、怪訝な顔をひとつした。
「ずいぶん唐突だな」
「うん。そうだよな」
自分でも分かるほどの生返事。亜双義の視線が頬のあたりに刺さるのを感じる。しばらく亜双義はぼくをちくちくと刺したが、やがて小さくため息をついたあと、静かな声で言った。
「まあ、するだろうな。亜双義家をオレで絶やす気は今のところ無い」
「……そうだよな」
ぼくは将来を思い描いていた。成歩堂、紹介しよう。妻の○○だ。キサマには知らせておこうと思ってな。そんなことを笑顔で言う親友を想像する。きっとぼくは祝福と同時に、寂しい、と思うだろう。もうおまえとふたりきりでどこかに行ったり朝までいろんな話をすることもできなくなってしまうのだなあ、と思ってしまうだろう。けれど、それでも。
「結婚してほしいな、おまえには」
「……何故だ」
「おまえが結婚したら、ぼくもきっとすぐに結婚するよ」
「おい、質問に答えろ」
そうしていつか産まれる子の姿を互いに見せ合って、成長したなと言い合いたい。そう考えていた。そうして末永く楽しんでいられたら、それはそれは面白いだろうにと。
「……まあ、よく分からんが。キサマの孫の顔は見てみたいかもしれないな」
「孫? 子じゃなくて?」
「ああ、孫だ。見られるのなら曾孫でもいいな」
「どうして?」
素直に問うぼくに、亜双義は視線だけをこちらに向けて微笑んだ。瞬間、風が強く吹き、塩のにおいが鼻をつんと突く。何か心の定まらない部分がさらわれていくようだった。亜双義の髪と鉢巻もばたばたとはためいている。
「成歩堂龍ノ介という男の血が果たしてどこまで受け継がれていくか、なるべくこの目で見届けてみたいからだ」
そしてキサマとその血の証を見比べてみたい。風に負けないよう声を張って、亜双義はそう言った。ぼくの耳ははっきりとそれを拾い上げる。亜双義の後ろの空には太陽が据わっていた。なるほど、どうりで眩しい。どこまでも快晴。
「だから成歩堂、……置いていってくれるなよ」
そうだ。そうしてあいつは、少し意地悪げに笑ったのだった。波が一度だけ大きくうねる。冷たい風がぼくらの前を通り過ぎた。
ぼくは亜双義と同じように微笑む。分かったよ、と返事を返す。亜双義はただ小さく頷いた。満足そうに目元を緩めて、また前を向く。ぼくもつられて前を見た。青い海がすべてを反射する。笑ってくれ太陽、どうか。逆光ですべてを包んでくれ。少しだけ、そう願った。いつしか風はぬるく澄み、ぼくらの狭間を通過していく。
置いていったのはおまえだ。
またしても強風。ぼくは頬に貼りつく潮を無視して、記憶の中の亜双義にできるだけ大きな声でそう訃げた。ぼくはいびつに笑っているだろうし、亜双義も笑っている。置いていったのはおまえだ。置いていかれたのは、ぼくだった。
ぼくはいつかきっと自分の子孫の顔を見るだろう。その子らはきっとぼくに似ている。おまえに笑われるくらいには、きっと。
「もし曾孫を見るまで生きられたら、褒美にあの世で牛鍋を奢ってくれ」
言うと、亜双義は吹き出した。キサマは食い物しか頭にないのか。そんな風に言ってからまた言葉を紡ぐ。
「ああ。牛鍋でもカツレツでも、好きなだけ奢ってやろう」
「楽しみにしておくよ」
陽の光が急速に強く輝いた。亜双義の姿が白に隠される。そのまま視界は海を去り、ぼくは記憶から放り出されてしまった。風はまだあたりに漂っている。潮のそれに手を撫でられ、思わず頬をゆるめた。ぼくは、未来に取り残された。もう生きてゆくしか赦される術も赦す術も有りはしない。嗚呼、亜双義一真。ぼくの親友よ。
「置いていったのはおまえだ」
「……置いていかれたのはぼくだ……」
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