楽しいと感じる心が寒さごときに打ち負けない。ともかく喋れば楽しいのである。息を吐くだけで、白くなるそれについておもしろおかしく語り明かすことができる。愉快だ。おおいに愉快なのだ。成歩堂龍ノ介と過ごす、他愛もない時間は。
「あ。……亜双義」
鼻を赤くした成歩堂がこちらを一瞥し、口の端を控えめに歪める。胸の内側がうずうずと踊った。楽しい。その表情がくるくると変わるのを間近で見つめるのは、下手な寄席を見物に行くよりも意義があるように思える。
「鼻が赤くなってる」
目を細めつぶやかれたその一言に、本日何度目かの笑い声をあげた。ばかなやつめ。自分の赤さも知らず、オレをからかおうとする。そういうところが楽しい。
「安心しろ。揃いの赤だ」
「いいや、きっとおまえのほうが赤いね」
「キサマのほうが赤い。真っ赤だ」
「それを言うならおまえなんて林檎より赤いよ」
着地点の定まらない会話の、なんと愉快なことだろう。永遠にでも話しつづけていられる。成歩堂の弾んだ声と軽やかな足音が耳に心地よかった。このまま帰路を進めば分かれ道に差し掛かる。遠回りでもしてしまおうか。迂回すればあと10分は時間が伸びる。もう少しオレの隣で笑っていればいいと強く思う。この男の眉の下がる瞬間、口角のあがる瞬間、目が三日月型になる瞬間が楽しい。気持ちよく笑う男だ。
「じゃあぼく、こっちだから」
考えている間に、分かれ道にたどり着いてしまったらしい。もはやわかりきっていることをやたら律儀に宣言してくる。今更「遠回りしよう」というのもおかしな流れか。
オレはこれから別れの言葉を一言投げて、この男と別の道へ進む。この瞬間はいつもつまらない。祭りが終わる夜のような、すっかり散った桜の木を見つけたときのような。
「ああ。ではな」
しかし別れないわけにもいかない。オレは軽く片腕を上げ、成歩堂に笑った。成歩堂もオレに応えて軽く左手を上げる。それを確認してから、オレは親友にきびすを返した。また明日。後ろからそんな声がした。返事代わりにもう一度手を上げる。無論、楽しくは、ない。どころか足取りが重くなる。ふと、かじかんだ手の先に痛みを覚えた。ああそういえば今日はずいぶん寒いのだ。すっかり忘れていた。
「亜双義」
数歩進んだところで、またもや後ろから声がした。振り返ると、成歩堂がオレを見つめながら白を生み出している。
「もし時間があるなら、今からぼくの下宿に来ないか?……借りていた本、返したくてさ」
忙しいならいいんだけど。そう付け足して笑っている。オレは意味もなく、しばらく奴の顔をじっと見つめていた。ああ。だから、その笑顔だ。胸の奥がうずりと蠢き、自然と口が綻ぶ。
「よし、行こう」
そう言いながら、成歩堂の元へ引き返す。親友は微笑み、かと思えば大きなくしゃみを一つ繰り出した。鼻水まで飛び出ている。オレはもちろん盛大に笑った。何と楽しい。まるで永遠だ。
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