二人でちびちびと呑み進めた酒も底をつき、さて帰ろうかと腰を浮かせたところで成歩堂に裾を掴まれた。もう外は真っ暗だ。今日は泊まっていけばいいじゃないか。ぼんやりとした瞳を携えそう提案する親友は、暗に「帰るな」とオレに告げている、ように感じられた。ならばと腰をまたこの空間に落ち着け、軽い雑談や互いの趣深い話題についてなどを話し始める。そうこうしているうちに襲ってきた眠気に二人揃って従おうかと布団を敷き、オレ達は現在に至った。今、オレと成歩堂は同じ布団の中にせせこましく収まっている。一組しかないなら何故引き止めたのか。呆れたが、「ゴメンよお」と謝るその顔はやはり酒に浮かされていて、もはや怒る気にもさせられない。
身も凍る冬の真夜中、ひとつの布団を引っ張りあいつつ眠るには不向きな寒気が肌にはりつく。温もりを外に逃がさぬよう、限界まで身を寄せあった。ずいぶん至近距離に成歩堂の顔がある。ここまで間近で見る機会はあまりなく、よくよく観察した末にその控えめな下まつげの存在に初めて気がついた。ヤツもヤツで、オレの顔を遠慮もなくじっと見つめている。
「やっぱりカッコいいなあ、おまえ」
「なんだ藪から棒に」
「普段から思ってるけど、こう近くで見るとしみじみ実感するんだよ」
「………」
どう反応するのがいいのかいまいち掴めず、ただ無言を通す。成歩堂はなおもオレの顔を眺めつづけた。楽しいかと訊くと、素直な調子で頷いてみせる。さらにこんな一言を投げてきた。
「顔、ちょっと触っていいか?」
なんだ、触るとは。当惑しつつも、嫌という程ではなかったので首を縦に振る。ありがとう、と言ってから成歩堂は右手を布団の奥底から引きずり出し、緩慢な動作でオレの頬へと差し向けた。手が頬に触れた瞬間、ヒヤリとした刺激に襲われる。その手は冷えていた。思わず眉を寄せるが、当の成歩堂は何故かへにゃりと笑っている。
「はは、あったかい」
「……オレで暖を取るな」
そう言おうが、手を引っ込める気配はない。親指で頬をなぞられる感触がどうにもくすぐったく、眠ろうにも眠れない。このままやられっぱなしというのも癪なので、仕返しにオレのよく冷やしておいた足先を成歩堂の脛へ押し付けてやる。すると成歩堂は、ぎゃあ、と悲鳴をあげ、体をびくりと強張らせた。その大袈裟ともいえる反応には笑いを禁じ得ない。
「あ、亜双義!」
「キサマから仕掛けてきたんだろう」
言いながら、両足を使って成歩堂の左右それぞれの足に冷気を押しつける。「仕掛けてないよ」と非難がましく呟く男はこちらに温もりを逃がされるたびにびくびくと体を跳ねさせた。実に愉快である。そうして成歩堂はしばらくはやられつづけていたが、オレの攻撃を受け続けるうちに、やがてその眉はきりりと引き締められる。そして、次の瞬間にはオレの頬を両手で挟んでみせた。突然の新たな冷気に、う、と声を漏らしてしまう。
「お返しだ」
成歩堂が浮かべるそれは、まるで悪戯好きの子供のような笑みだ。見ていると体の奥が愉しげに騒ぎだすような、そういう類いのものだった。ほどける口許を引き締め直すこともせず、両足の攻撃を再開させながら今度はこちらも両手を向こうの首元あたりへ這わせてみせる。すると成歩堂も反撃と言わんばかりにオレの両足を自らのそれで挟んで動きを封じ、うなじのあたりへ手を滑り込ませてきた。何のための行為なのかも思考しないままに、大笑いしながら二人で小さな攻防を繰り広げる。
やがてようやく落ち着いた頃には互いの衣服は乱れ、布団もずいぶん滅茶苦茶になっていた。絡めた足をいつほどこうかと考えながら、目の前にある穏やかなその顔と笑い合う。
「子供か、オレ達は」
「ずいぶん大きなこどもだ」
じゃれ合いの末、体は少しだが暖かくなった。疲れもあり、徐々に眠気が瞼を支配し始める。成歩堂も同様に瞼を少しずつ下ろし始めていた。
しかし、ふと気づく。ヤツは何か考え事をするように、確固たる意思を持ってオレをじっと見つめていた。先刻までのそれらとは打って変わり、研ぎ澄まされたように静かな漆黒の海。その中に放り出されながらも、自らもその漆黒を生み出しているのだろうと、漠然とした客観を抱いた。
「どうした」
尋ねてみると、成歩堂は「うん」と気の含まれない呟きをしてみせたあと、また沈黙を取り出した。視線と視線が足元よろしく絡み合う。はっきりと澄んだ静寂。心地すら良いが、破るのも容易い。
「なんだか」
それをすいと切り裂いたのは成歩堂だった。寒気も忘れる。頬に当てられた手のひらの感触が不意に鮮明に感じられた。
「どきどきするなあと思って」
「……ふっ、…はは」
どきどき、と来た。本当に子供か、オレ達は。笑いながら、頬にある手の上に自らのそれを重ねる。
「初恋のように?」
「……ああ、そうかもしれない」
「そうではないかもしれないのか」
「どっちだろう。とにかく、どきどきする」
そう言うと、成歩堂は柔く微笑んだ。その表情がオレの胸にはたらきかける、樹から離れた林檎のように淡く甘く降り落ちるこれは、成歩堂の言う『どきどき』と同類のものなのだろうか。きっとそうなのだろう。互いに同じものを感じている状況というのは存外穏やかで、思った以上に悪くはない。絡まったヤツの足の一本を少しだけこちら側に引き寄せる。成歩堂は、やはり笑っている。
「なあ、亜双義」
「何だ」
「明日朝起きてまだぼくがどきどきしていたらさ」
「ああ」
「接吻だとかを、してもいいかな」
「……ああ、構わん」
存分にしてみせろ、キサマの気の済むまで。そう返す。ありがとう、と成歩堂。そうして束の間何とは無しに沈黙を招き、やがて同時に吹き出した。おおいに愉快だ。朝、この身に照る光がどうにも待ち遠しい。ああ、握手だろうが接吻だろうがいくらでも受けてやろう。それがオレを思案した故のオレに対する行動ならば、たいていのことは小気味良いはずだ。やがて「おやすみ」と囁いた成歩堂に、ゆっくりと頷きを寄越す。その瞼が閉じられるのを認めたあと、オレもまた視界を黒に染めた。さあ、今宵は夢の中で、その結果でも待つとしよう。
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -