※リバ
------
一人きりの一等船室、アイツの痕跡ばかり目について仕方がない。逃げるように自らの空間へ逃げ込んで扉を閉める。洋箪笥の狭量はぼくの記憶を過ぎた夜へと追いやった。亜双義の、ぼくのすべてを暴こうとするあの瞳をはっきりと思い出す。ぼくらよく身を磨り減らすかのごとく性欲を互いにぶつけ合って、奪い取るかのように求めあった。好きだという言葉すら、噛みつくような口づけで蓋をされた。なびく赤に縛られた両手首の傍に突き立てられた刃の輝きが網膜から消えることはない。亜双義、おまえは自らの中でくすぶり燃えていたのであろう乱暴な情動のことを、たびたび愛と呼んでいたっけ。それにしたってあんまりにも乱暴が過ぎる時もあったもんだから、何度かひっそり恨んだりもしていたんだ。それでも、ぼくがおまえから逃れようと身を捩った瞬間ごんと洋箪笥の天井に頭をぶつけて、それを見て思わずといったようすで吹き出していたおまえは、とてつもなく愛らしかった。だからすべて許してしまいたいと思った。けれどもぼくはもううまくなにかを許せない。だってそうだろう。希望も生も未来も何もありはしないのだ。だっておまえ、死んじまったんだもの!
ああ、と呟けば虚空だけが返事をする。弁護士の亜双義一真が死んで、弁護士のぼくが産まれる。ともすれば、ぼくはおまえの生まれ変わりか。ずいぶん重い生に成り変わってしまった。またおまえと性急ではしたない口づけがしたいよ。何もかもを忘れられるようなそんなことをしたい。思えばぼくたち抱いたり抱かれたり、いろんないやらしいことをしたな。亜双義。
ひとりぼっちになってしまったぼくが何度も何度も引っ張り出す亜双義の記憶は、そういう最中のものが多い。アイツったらぼくのものをそれは楽しそうにくわえていたよなあ、なんて。死者をつかまえて最低なことを考えてしまっているけれど。だって亜双義、おまえの赤は、死んだにしてはあまりに鮮烈すぎるのだ。



♪罪と罰/椎名林檎
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -