「成歩堂、寝癖ぐらい直してから来い」
「前にキサマの言っていた落語の演目を聴きに行ったが、なかなか興のあるものだったな」
「まったく、キサマといるのは飽きんな」
亜双義のせいだと思う。ぼくが女性に対してあまり積極的にものを考えないのは。まるで母親のようにぼくの世話を焼いたり、ぼくが好きだと言うものを積極的に肯定してくれたり、ぼくといるのが何より楽しいとでもいうかのような顔をしてみたり。そりゃあぼくも、今は亜双義といるのが一番楽しいしべつに無理に女性とのあれこれを考える必要はないかなあ、と思ってしまうだろう。
というかもう、亜双義でいいのではないだろうか。なんて。
「亜双義」
「なんだ?」
「もしよければ結婚してくれないか」
そんなことを思ったので、大学の帰り道、もちろん冗談として亜双義にそう言った。言った直後に、少し後悔する。これはたぶん、次の瞬間には凍えるほど冷やかな視線で全身を刺されているだろう。いや、反応してくれるならまだいいけれど、華麗に無視なんてされようものなら心がポッキリと折れてしまいそうだ。言わなきゃよかった。
恐る恐る隣を見やると、亜双義はぼくの想像どおりの真冬のように冷えた表情を――していなかった。一瞬驚いたような顔はしたけれど、すぐさま実に可笑しそうに短く笑う。
「良いな。おおいに愉快だ。確かにキサマとなら何十年でも共にいられるだろうさ」
なんと。意外にも話に乗ってくれるらしい。今日は機嫌がいいのだろうか。
珍しがるぼくを尻目に、亜双義はなんだか楽しそうに次の言葉を紡ぐ。
「それで、式はいつ挙げる?」
「えっ」
「式の場所も問題だな」
「し、しき……」
あれ、もしかして本当にしてくれるのではないか。そんな馬鹿げたことすら考えてしまうほど亜双義は饒舌だ。これは許される。そう確信し、ぼくも「そうだなあ」なんて呟いて話に乗り合わせる。
「この場合どっちが妻なのかな」
「キサマだろう。オレは御免だ」
「いやいやいや、ぼくだってこの図体で妻はイヤだぞ」
「オレより小ぢんまりしているのだから妥当ではないか」
ははは、と亜双義が声をあげて笑う。ぼくも抗議しつつもつられてあははと笑ってしまった。やけに楽しい会話はするすると波に乗っていく。
「嫁いで来ればいいじゃないか。そうすればキサマは亜双義龍ノ介だ。なかなか響きがサマになっているぞ」
「成歩堂一真もそこそこしっくりくると思うけど」
「あっはっは!確かにな」
「うちなら父も母もそんなにうるさくないと思うし」
「そうだな。お会いしたことはないが、キサマのご両親だというならうまくやっていけそうな気がするな」
亜双義の笑顔はとても柔らかいものだった。ぼくはその笑顔を見つめながら、亜双義が我が家で母に料理を教わり父と将棋を打つ場面をつい想像してしまう。 なんだか非現実的すぎて面白い。そうしてぼくが「亜双義」と声をかけると、何をしてても必ず振り返ってくれて「オレはもう亜双義ではないぞ、龍ノ介」なんて。言ったりして。……言ったりして。
その顔と声を鮮明に想像した瞬間、心臓が大きく脈打った。思わず手を胸にやる。鼓動の早鐘は速まるばかりだ。なんだろう、この気持ちは。
「……さて」
ぼくが不思議な感覚を覚えた直後、亜双義はそれまでのどこか上がり調子だった声色を一変させ、いつもどおりの落ち着き払ったそれで不意に言葉を紡いだ。
「冗談はここまでにしてだ。そんなことを言う暇があるなら、早く良い女性でも探せ」
急にまた手厳しくなってしまった。ぼくは小さく「うう」と呻く。おまえもさっきまであんなに楽しそうだったくせに。
「安心しろ。キサマならきっと良い相手が見つかるだろうさ」
「……そうかな?」
「ああ、そうだ」
その顔に浮かんだ優しい笑顔を前に、ぼくの言葉は出口を塞がれてしまった。けれど、もし塞がれていなかったならば、ぼくはこう言ってしまいたいと思った。「どうせなら、おまえがいいな」と。でもさすがにそろそろ呆れられそうなので、口に出すことはできなかった。さっき生まれた謎の感情の正体は掴めないまま、ぼくは大きくため息を吐く。
「……亜双義はぼくより先に結婚するんだろうなあ」
「そうか?オレは意外にキサマのほうが早く結婚すると思うがな」
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