牛鍋代の貸借についてをつつかれ、ついとっさに口にした「なんでもするからもう少し待ってくれ」という言葉。それにまさか亜双義がここまで、目を見開いて硬直するまで興味を示すとは、ぼくもさすがに予見していなかった。何かへんなことでも口走ってしまったのかしら。ついついそう思うほど、亜双義はなぜかじっとぼくを見つめている。
「何でもか」
「う、うん」
「……なんでもだな?」
「……その、ええと、ぼくに叶えられることであれば」
なんでも言ってくれ。そう言った瞬間、亜双義を取り巻く熱風の温度が上がった気がした。気のせいかな。
「ならば」
「うん」
「オレと接吻しろ」
「……うん?」
いろいろと覚悟をしていたぼくは、あまりに予想外の方向から現れた言葉をうまく脳で処理することができなかった。接吻。接吻?接吻……。
「接吻!?なんで!」
「したいからだ!」
「なんで!?」
「真実を見極めるためだ!」
亜双義も亜双義で切羽詰まっているらしい。理由がまったくよくわからないのだけれど、何か困窮の果てに立っているのだということが伝わってくる。あの亜双義がこんなに困っているところなんて、いままでそうは見たことがない。
ぼくで力になれるなら、いいことなのでは……。というかなんでもするって言ってしまったし……。
「……よし、亜双義。わかったよ。しよう、接吻」
「……良いのか?」
「正直、混乱はしているけど……おまえなら、いいよ」
「成歩堂……」
なぜか生娘か何かのような気分に陥る。なんだろう、この雰囲気。ぼくらはどこに向かっているのだろうか。混雑を極める脳内に蓋をして、ぼくは亜双義に近づいた。亜双義は小さく肩を揺らし、ぼくをじいっと見つめる。その肩に両手を置き、距離を詰める。黒い瞳が間近に迫って、ぼくはつい目を逸らしてしまいそうになった。けれど、まだ目的すら達成できていないのだ。今逃げてしまっては亜双義の願いをずっと叶えられない。そして牛鍋代の返済を待ってくれなくなる。よし、と心で力拳を作り、ぼくは亜双義に「いくぞ」と声をかけた。亜双義は一度視線を下げて、またすぐに僕の目を射抜く。……「射抜く」というほど強いものではないかもしれないけど。
「……ああ」
なんだか控えめな返事に少し面喰ったが、その後静かに目を閉じた亜双義を前に様々な感情がぶわりと湧きだした。特に焦燥と恥じらいが先頭に立っている。けれど嫌悪感というものはなぜかちっとも湧いてこなかった。というか、本当にぼくでいいのかしら。ぐるぐると回る思考の中、亜双義の唇を目に入れる。ここにぼくは今から唇を押し当てるのか。そう思うと、顔中にかっと熱が集まった。とにもかくにもやるしかない。えーい、ままよ!ぼくは目をぎゅっと瞑り、亜双義の唇めがけて顔を近づけた。
がちん。
「うぐっ」
「いたっ」
結果、歯がぶつかってしまった。お互い一歩距離をとり、口許に手を当てる。亜双義はそのまま俯いてしまった。どうしよう。ぼくのせいで台無しになってしまった。ぼくは慌てて謝罪の言葉を述べた。
「そ、その、ゴメン、亜双義。なにぶん、経験がなくて……」
亜双義は肩を震わせている。これはまずい。大激怒している。頭の中で真っ二つにされる光景を思い浮かべながらもう一度ゴメンと謝る。すると、直後に亜双義はフフフと声を漏らした。
「……あ、亜双義?」
「あっはっは!」
口を大きく開けて思い切り大笑いしている。ぼくはただ唖然とそれを見ていた。しばらくして落ち着くと、亜双義はぼくを見てなんだか晴れやかな様子で微笑む。
「いや、すまない。やはりキサマは面白いオトコだと思ってな」
「う、うれしくないよ」
「誉めているんだ。喜べ」
「絶対ウソだ……」
また亜双義が笑ってみせる。恥ずかしい反面、ぼくは安堵を感じていた。さっきまで亜双義が浮かべていた深刻そうな表情がもうすっかり消え去っていたからだ。今はむしろ、ずいぶんすっきりしたようなそれになっている。悩みは解決したのだろうか?ぼくが役に立ったというのなら、とても嬉しいことだと思った。
「そういえば真実を見極めるとか言っていたけど、結局見極められたのか?」
「ああ……そうだな。それはもう、はっきりとわかった。さてどうしたものか」
「なんなんだよ、その真実って」
「いずれ話すさ」
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