もしかつての相棒が空の上からボクを槍で刺し貫こうとしたとしても、ボクは文句が言えないのかもしれない。そういうことをふとしたときに考えるようになったのは、いつからだっただろうか。

「ホームズくん、おはよ!朝ごはんできてるからね」
ベッドの横から聴き慣れた声がする。寝ぼけ眼を擦りながら首を声のほうに向けると、アイリスがにこにことボクに微笑みかけていた。たいへん上機嫌だ。推理するに、書き進めている原稿がうまくいっているのだろう。こういうときのアイリスの料理はいつものそれに輪をかけて美味しくなっている。つまり絶品中の絶品だ。今日は、死にたくなるような素敵な朝は免れたようだ。
「原稿、その調子で頑張ってくれ」
脈絡もなく推理の結果を告げる。普通の人間にならここで説明を入れておく必要があるが、聡明な彼女はその意味を一瞬で理解して「うん」と弾む声で返事をした。その笑顔は、朝日に負けず煌めいている。
柄にもなく、こういう些細なやりとりをいとおしいと思う。それほどにアイリスと共に過ごす日々はかけがえのない日々だった。けれど、本 当ならこの子はその日々を『彼』と、父親と過ごしているはずだったのかもしれない。「ホームズくん」ではなく、「パパ」を口に馴染ませて生きていったのかもしれない。ボクの幸福は、短絡的な思慮の中で言えば、『彼』の不運だ。そういう結果論にいつもどこか物悲しくなる。もしアイリスがこのまま何も知らずにいてくれたなら。時にはそんな陳腐な考えまで浮かんだ。けれど彼女の瞳の『精緻』を間近で見据えるたび、それらの思考がいかに馬鹿らしいかと実感する。そういうとき、ボクの推理は冴えない。
ベッドから起き上がり、朝飯の元へ向かった。思い通り、それらは絶品だった。ボクが頬を緩ませながら料理を頬張る姿を、アイリスは子供らしくにっこりと笑いながら見つめている。
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