「……ああ、なんと素晴らしいのでしょう!」
何度目かの感嘆の声があがる。その体躯には少々不釣り合いな分厚く大きな本を両手で持ちながら、寿沙都さんは何かを噛みしめるようにぎゅっと目を閉じていた。彼女の手にあるその本とは、もはや言わずもがなではあるが、あの「シャーロック・ホームズの冒険」だ。彼女は一度そのページをめくってしまったら、数十分はシャーロック・ホームズの世界に呑み込まれてしまう。
「寿沙都さん、お昼ご飯食べませんか」
「稀代の名探偵、シャーロック・ホームズ様!ホームズ様を見事に補佐する相棒、ジョン・H・ワトソン氏!何度読もうと、おふたりの魅力は色褪せませんとも!」
「あの、寿沙都さん」
「いえ、色褪せるどころか、読めば読むほど魅力が深まってゆくのです!これほど魅力的な人物、現実でもそう易々とはおりません!」
「……ぼくは魅力的じゃありませんか」
「ああ、新作が待ち遠しくて仕方がありません……!」
「……」
駄目だ。これは長いやつだ。なんとか帰ってきてもらおうと何度も声をかけるが、彼女は一度もまともな返事を返してはくれなかった。半ば諦め気味に嘆息し、そのきらきらと輝く横顔をなんとなしに見つめる。
ぼくからすれば、あなたも小説の登場人物のようだと思う。凛として格好よくて、けれど時たまものすごく情熱的で、またある時には可愛らしくて、様々な顔を持つ、ひどく魅力的な少女。淑やかに隣で微笑んでいてくれたかと思えば、次の瞬間にはきりりと顔を引き締めてぼくを叱咤する。様々なその表情に、いつも驚かされてばかりなのだ。こんなに目が離せなくなる女の子は、小説にもなかなか居やしないかもしれない。
「さあ、成歩堂さまもぜひ『シャーロック・ホームズの冒険』の世界にお触れになってください!」
ぼんやりと考え事をしていると、急にぼくに矛先が向いた。寿沙都さんはぼくに向かって例の本をずいっと突きだしてくる。
「……興味はあるのですが、今は昼メシを嗜みたいな、なんて…」
「大丈夫でございます!この本をお読みになれば、空腹など空の彼方に吹き飛びますとも!」
「……このままじゃ先に意識が空の彼方に吹き飛びそうです」
けっきょく、なんとか彼女を説得して無事昼メシにありつけたものの、その後20分ほどぼくは彼女のホームズ談義に付き合わされることとなるのだった。
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