「龍ノ介」
と、不意に亜双義にそう呼ばれた。本当、唐突に。脈絡もなく。食堂でメシとか食べてる最中に。なのでぼくは数秒の間、『亜双義がぼくを呼んだ』という事実に思考がたどり着かなかった。コイツは今誰の名前を口にしたんだっけ。龍ノ介、龍ノ介、龍ノ介…。
「え、ぼく?」
「キサマ以外にいないだろう」
言いながら、隣の亜双義は肉のひと切れを口に運ぶ。咀嚼されていくそれを美味しそうだなあと思う暇も今はなくて、ただなんと反応していいかわからず亜双義の横顔をまじまじと見つめた。亜双義は少し居心地が悪そうに横目でぼくを見る。
「……親友というからには名前で呼ぶのも良いのではないか、と考えただけだ」
忘れろ、と付け足して、亜双義はまた肉に視線を戻した。ぼくは手元のうどんが伸びていくのもお構いなしに、再度亜双義の横顔を穴が空くほど見つめる。これは亜双義なりにぼくとさらに距離を縮めようとしてくれているのかもしれない。普段堂々としているコイツが、こんなに照れてまでそんなことをしようとしてくれるだなんて。一抹の感動を覚え、ぼくも心の中に静かに炎を点した。
「か、……一真」
「!」
思いきって呼んでみてしまったが、なるほどこれはものすごく恥ずかしい。意図的に呼び方を変えるってけっこう勇気の伴うものなんだなあ…。顔になんだか熱が集中してきた気がする。
亜双義は驚いたように目を見開き、またちらりとぼくを見た。おそらく赤くなったぼくの顔を確認すると、すぐにまた視線を戻す。その箸は止まっていた。というか、心なしか亜双義の顔も赤くなっているような。
それから、なんとも言えない無言が続いた。ぼくは亜双義とうどんの間でひたすら視線をさまよわせる。亜双義は相変わらず肉に視線を落としている。でも箸は進んでいない。
やがて亜双義が、ぼそっとこう言った。
「名字で充分だ」
その横顔はやっぱり微妙に赤いし、眉間には皺が寄っていた。ぼくはぼくで、うん、とはにかみながら頷き、「名前は違和感あるな」となんだか陳腐な合いの手を入れるのだった。そして、ぼくのうどんは見事完全に伸びた。
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