おかしな夢を見た。もやもやとした霧のような何かが漂う空間の中で、まだ高校生のユキがなんにも言わずに立ち尽くしている夢だ。どうして突然ユキが、なぜ高校生の頃の姿で俺の夢に現れるのか。皆目見当がつかなかった。無表情でじっと俺を見つめるだけのユキは何か言いたげな風だと感じられて、どうしたんだよとかなんか言えよだとかとりあえず声をかけてみる。でもあいつは無反応のままただそこにいるだけで、ぼんやりとした景色はやがてだんだん色濃い不鮮明へと変貌していった。白がユキの赤を塗りつぶしたところで耳が聴き慣れたけたたましい音を拾う。ユキの幻影はみるみるうちに意識から遠のいていき、ぱちんとはじけたとき俺は気だるい現実へと放り出された。鳥がうるさいくらい爽やかにさえずり、日の光が部屋を眩しく照らしている。ああ、おかしな、けれど懐かしい夢を見た。あの常に何かを主張したげな熱の籠った視線を、俺は何年ぶりに目にしたのだろうか。遠慮がちにそっと伸びるまつげを真正面から眺めていたあの頃をじわじわと思い出した。そのときのばかみたいにきらめいていた自分の感情も、すこしだけ思い出してしまった。あの季節の中に生きていたユキはまるでヒロインみたいなヒーローで、俺は王子だった、あれはそういう輝かしい日々の道のりで咲いたちっぽけな世界だ。ただ、思い出したところで今さらな話なので、俺はあの頃に倣ってそうっとそのへんの感情に蓋をする。深い意味みたいなものなど恐らくないだろうと、見て見ぬふりなんてものをしてやるのだ。ああ、この感覚すら懐かしい。

「結婚するんだ」
夢を見た次の日の朝だった。ユキは照れくさそうに、俺にそんなことを言う。なるほど、あれは一種の予知夢みたいなもんだったのか。一人得心した。
「相手は、まあ、あいつだよな」
「ええと、うん。えり香ちゃん」
ユキとえり香は大学に入ってから付き合いだしたと聞いていた。親友と親戚が付き合っているというのはなんとも言い難いむず痒い気分だったが、そうか、そのまま結婚か。
「つか、あいつはなんで俺に報告してないんだかな。普通お前よりえり香が先に俺に言うべきだろ」
「あはは、照れてるんじゃないかな」
「あいつが?ハハ」
電話の向こうのあいつは実によく笑うようになった。昔に比べてずいぶん社交的にもなっている。月日は饒舌で利口だ。けど昔の言いたいこともろくに言えずに視線を泳がせていたお前のことも、記憶にはとどめていたい。あの目、釣りたい、と何度も考えていた。
覚えてるか。お前の瞳は何よりもよく燃えていた。ひっそり感情を映し出していた。俺は最初それが嫌いで、最後にはずっと見ていたい、面白い、と思った。飽きなかった。カラフルな魚のようなふたつの海辺。
「おめでとう」
結婚式にはアメリカから帰ると告げると、俺が逃した大きな魚は心底嬉しそうな声で返事をした。
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