海が見たいってミクリオが言うから、こっそり宿を抜け出した。たぶんみんなそれに気づいていたんじゃないかなあ、なんて何となく考える。妄想かな。べつにもうなんでもいいんだけど。
高台から見下ろす海はどこまでも遠い果てまで伸びていた。見渡す限りの青が目に痛い。波打ち際はこの位置からじゃ見えなかった。寄せる波がつくる鉤裂きが心をゆっくりと鎮めていく。
「ミクリオから抜け出そうなんて言うの、珍しいな」
「君が言わないからだ」
潮風に隣の薄い青が揺られている。そういえば少し寒い。上着を脱いできたことを今さらになって認識した。ミクリオは寒くないのだろうか。
「寒くないか?」
訊くと、ミクリオはなんにも答えずにただ笑うだけだった。そっか、うん。ならいいんだけど。
もう夜もすっかり終盤だった。真っ黒な空に散りばめられた星々も新たに塗られはじめた色に覆い隠されようとしている。けど、言い換えれば見えなくてもそこにはあるということだ。そう思うだけで、寂しさはなくなった。
「なんか、これでいい気がしてきた」
「本当に?」
「うん。だから連れてきたんだろ、ミクリオ」
「…違うよ」
ミクリオはそっと目を伏せた。瞳の色は窺えない。まだ少し暗いのだ。でも最後には笑顔が見たいから、その白い手をそっと握った。ミクリオが目を丸くしてこっちを見る。産まれてから還るまで見続けてきたその瞳の色は、やっぱり何度見てもきれいだった。
「違わないよ」
「違うんだ」
「違わない」
「…違うんだ」
今にも泣きそうな顔をして、ミクリオはオレを見ている。けどもういいんだ。この場所で許されないものなんてない。だからオレ達はここに来たんじゃないか。
「違わないよ。たとえ違ったとしても、何がどうなろうと、ずっと好きだ」
告げると、ミクリオはついに泣いてしまった。ただ純粋な気持ちで可愛いと思った。手だけ離さないようにすればどこまでだって、この海の果てにだって二人で行ける。ずっとそうしてきたんだから、これからもそうに決まってるだろう。言ったらミクリオは笑ってくれた。やっぱりお前の笑顔、すごく海に似ている。



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