「君の幸せを奪っちゃったね」
真夜中の森で彼女に手を引かれながら二人でありもしない光を目指していた。彼女はずっと振り返らない。けど、振りほどこうとしても手は離れない。彼女の綺麗な爪が手の甲に食い込んで、少し痛い。
「私の幸せですか?」
「うん、君のこれからのすべてをさ。オレは、奪っちゃったんだよね」
我ながら情けないほど声が沈んでいた。震えないように繕うのが、最早精一杯だった。涙は辛うじて見せていない。手なんて引いてもらっている時点でもう見栄なんて瓦解の末に達していたが、それでもこれは、最後の意地として守らなければならなかった。
「…幸せですか」
彼女はさっき、草の先で脹ら脛を少し切った。今も小さく垂れる鮮血が、その柔肌にはあまりに不釣り合いだ。オレのせいだと謝ると、森のせいですよと笑っていた。
「私の幸せは、誰にも奪われてないですよ。だって私の幸せはあなただから」
彼女はいつも力強く言葉を放つ。護られるだけを良しとしない。いるだけで人を惹き付ける。そんな高貴な神子を無理矢理ここまで引きずり下ろしてしまった。彼女はまたすべて許すようにそれを否定するが、オレはまた許してくれとすがりつく。堂々巡りだ。けれど彼女はオレを馬鹿にはしない。そういう態度に触れるたび心地よくて、同時に叫び出しそうなほど悲しくなる。
「幸せはなれるものじゃありません。なるものです。こうなったらもう、この道で幸せになるしかないでしょう」
「…君は強いね」
「あなたもですよ」
「何を根拠に、そう言ってくれるんだい?オレは逃げたのに」
怖いのだ。虫の羽音にさえ怯えそうになる。がさがさと草を折る自分の足音さえ、耳に入れたくはないほどなのに。
「あなたは知らないだけです。強いです、景時さんは。他の誰より」
「……それは」
言い聞かせてるんじゃないのか。君が、オレごときのために人生を捨てた自分を正当化したくてーー。一瞬だけそう言葉にしてしまおうか迷った。けれど、ぎりぎりのところでやめた。彼女を否定するほど落ちぶれた先では、もう一生希望など感じられないような気がしたから。
「もうすぐ森を抜けますよ。…海より長かったね」
振り返った彼女がそう言って笑った。その瞬間、視界の向こうに光が飛び込んでくる。そうだね、と返すのでやっとだった。この手はもう二度と離されることはない。それだけは何故か、どうしてもわかってしまう。呼吸が止まるほどの明るい出口に、いっそ止まってしまえと呟いた。彼女は変わらず笑うだけだ。
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