主ゆかと微量に主綾要素あり
BADエンド後
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「ねえ、ここの店おいしいんだって」
モール内の喧噪にかき消されないよう、ゆかりはいつもより大きい声で僕にそう言った。その手は雑誌の中の洋菓子店を指差している。やっぱり女の子はこういうものに目がないらしい。ゆかりはにこにこと上機嫌そうに微笑んでいる。
「今度一緒に行こうよ」
「うん」
さほど興味はない。けれどこう返すとゆかりは嬉しそうに僕の手を握るので、僕はいつでもうんと言う。笑ったゆかりはかわいい。恋人の笑顔がかわいくないわけがない。けれどこの会話に意味はなかったし、本当に行くかどうかはわからなかった。二人ともこの会話を忘れてしまうかもしれないし、互いの都合が合わないかもしれない。また明日ね、また明日ね。そう言って引き延ばしていく事柄は少なくはなかった。けれど生きていればまた別のものを見つけるのだ。大した問題ではない。
「ところでさ、最近ちょっとだけあったかくなってきたと思わない?」
「もう3月だからね」
「3月ね……。あーあ」
もうすぐ3年生かあ。ゆかりは腕を伸ばしながらそう呟いている。そういえば、高校生活も残り少ないのだった。皆明確に個々の道を選び始める時期だ。周囲は進路の話題でもちきりになっていて、教室中に言いようもない不安感がまとわりついていた。けれど僕にとっては、さほど大きなこととはあまり思えない。つまり、この話題もあまり興味はなかった。
「まあ、今そんな話したって仕方ないか。やめやめ!」
ぱっと表情を変え、そのままゆかりは僕をカフェに誘った。腕をとられつつ共に歩き出す。街には卒業と入学という字が踊っている。すれ違う子供は無邪気に笑い、大人は気だるそうに腕時計を見ていた。なんともない休日だ。正も誤もない。


「最近オレの好きなアイドルさ、全然テレビ出ないわけよ」
放課後の帰り道、順平が突然そう切り出してきた。心底どうでもいい。
「あ、今どうでもいいって思っただろ。オマエけっこうわかりやすいよなー」
「そうかな?順平に言われたら終わりだな」
「なに?なんでそういうこと言うの?」
いつもどおりの会話をこなしつつ、互いの住む寮へと向かう。その道中、急に順平が深刻そうな雰囲気を醸し出しながらぼそりと呟いた。
「今思い出した」
「なにを」
「オレ、あさって提出の課題まったく手ぇ出してねえわ」
その言葉に、該当の課題を思い返してみる。全てこなすにはかなりの時間を要したことを思い出し、手を合わせ合掌のポーズをとった。順平は苦笑をたたえている。まだ間に合うはず、という言葉が空しく虚空をさまよった。
「まあ、あさってだし……明日のオレに任せるとするか」
「無事に進級できるといいね」
苦笑をたやさない順平を後目に、ふと思った。明日は当たり前に来る。それが普通なのだなと。どうしてそんなことを思ったのかはわからなかった。
「あー、早く帰ろうぜ。見たいテレビあってさ」
「うん」
何気なく「寒いね」と呟くと、彼女にでもあっためてもらえ、とやや乱暴に返された。今度はこちらが苦笑しながら寮へと歩く。正も誤もない。正も誤もない。


そういえば、何気なく、当たり前に毎日は過ぎていくようだった。けれどいつか何かが終わるような気もどこかでずっとしていて、おそらくそれは当たっている。何も知らないふりをさせられているような気持ちの悪さだ。けれど常に何かに守られているような、無限の優しさも感じている。ふと振り返ると、鮮やかな黄色がたなびいていた。
「やっぱり君は頭がいいね」
「……綾時」
「いま、楽しいかい?」「どうだろう」
「……そうかい」
そうかい。揺れる瞳は誰のものなのだろう。綾時が優しげに、親しげに微笑んだ。おだやかな光を感じる。
「君に一度、訊いてみたいことがあって。こんなの訊いちゃいけないのかもしれないけど」
目を伏せる。どうやら言葉をためらっているようだった。しかし僕がうなずいてみせると、綾時ははにかみながらその顔をあげた。
「君はこの選択に、後悔していないかい」
そのときの表情がなんだかすこしおかしくて、ちいさく笑ってしまった。けれども綾時はまじめな顔を作るばかりだ。だから僕はそっと言い放った。してないよ。
「……って、言ってほしそうな目だ」
「……君にはなんでもわかってしまうんだね」
「ずっと一緒にいたからね」
鏡のように笑い合う。なにもわからないことはない。僕だって不安なのだ。けれど、間違っているだなんて誰が言えようか。
「綾時。僕の思っていることを言ってもいいかな」
「うん、そうしてほしい」
綾時はそっと目を閉じた。実にきれいな動作だった。
「僕の選択した道は、正しくないのかもしれない」
「うん」
「けど、誤りだったなんて断言もできはしない。僕はただ、選んだ」
「……うん」
「そして選ばせてくれた君のこと、僕は大好きだ」
言葉を発しながら、僕は頭の中を整理していた。そうだ、僕は選んだのだった。深淵の中で、僕は今し方大好きだと言った目の前の友人を殺した。
驚いたような顔をした綾時は、すこし赤らんだ頬を掻いた。予想外の言葉だったらしい。
「ああ、照れるなあ」
「ははは」
「僕だって君のこと大好きさ。友達だからね」
「うん」
「……大好きだよ」
「うん」
友人は、等しく宣告者だった。空の闇が深い。僕は僕としてきちんと明日を待ちわびている。綾時は最後まで笑っていた。前みたいに泣いてもいいと言ったら、やはりすこし照れていた。


「つーわけで、カラオケ行かね?」
順平の軽口にゆかりが呆れている。それを何気なく見ていると、不意に順平が僕に話を振ってきた。どうやらカラオケの件は強制参加らしい。今日は特に予定もないしちょうどいい。すぐさま、付き合うよ、と返事をした。正も誤もない。正も誤もない。


BGM:世界が終わる夜に
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