「あのときの俺にはおまえしかいなかった」

あ、嘘をついたな。そう思った。冬の空気がぴりぴりと背中を刺す。白く染まった息の隅っこに、こいつはわかりやすすぎる嘘を混ぜた。そのリストバンドいいデザインだな。鞄からスパイクブラシはみ出してんぞ。そういうの全部誰にもらってんの?つって、べつに訊きゃあしねえけど。こいつが俺っていうたったひとりだけを特別視するよう望むなんて、あらゆる傲慢が群をなしてかかってきてもすべて払いのけてしまうだろうってぐらいのそれだ。こいつを独り占めしようだなんていう思考を持つのは、大げさに言えば禁忌。持ってはいけないものでさえある。おまえしかいなかっただなんて言われたって、素直に舞い上がれるほど俺は純粋におまえを慕っているわけじゃあないし、おまえを知らないわけじゃないんだ。残念だったな、おまえは俺を騙せねえよ。さて、俺はこの後おまえがどこに行くか実は知っている。そのすっかり冷えた手をこれから誰に暖めてもらうのか知りたくなくても知っている。そいつにも俺にはおまえしかいないって言ってやったらいいよ。みんな一時的にでもおまえのただひとつの特別になりたがってる。つめたく光る川はとうとうと目の前に連なっているだけなので、どこか寂しい俺は白く憂いを帯びて瞼を閉じた。おまえの優しめな嘘はいつも目に入れると痛いから、いつだって俺は面白おかしく泣けるんだぜ。
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