(絵里視点)
窓の外には雲ひとつない青空が広がっている。
今日はインターハイ神奈川県予選が開催され、私たちは予選会場へと向かっていた。
私たちを乗せたバスは目的地まであと十数分といったところだ。
幸村くんがもうすぐ目的地なので眠っている人を起こすようにと言ったので、私は隣ですやすやと眠っている七瀬を起こすために彼女の肩に手をかけた。
仁王「絵里ちゃん、ちょっと待つぜよ」
絵里「……え?」
仁王くんがひそひそ声で七瀬を起こすのを止めた。
彼の手には携帯電話が握られている。
……まさか、盗撮?
仁王くんって変態だな、なんて思っていたら、それがどうやら顔に出ていたらしい。
彼の弁明はこうだった。
仁王「七瀬の寝顔を撮ったら、うちの魔王様への免罪符になると思ってのう。一回ぐらい遅刻も許されるかもしれん」
絵里「確かにそうかも……」
仁王くんの言葉に思わず同意する。
しかも、私も少しだけ携帯電話に手を伸ばしそうになった。
危ない、七瀬を売るような行為は絶対に出来ない。
しかし、腹黒部長様への免罪符はとても魅力的だ。
仁王くんの言うとおり、寝坊だって許されるかもしれない、こんな邪な考えを振り払う。
絵里「かなり魅力的だけど、駄目。いくら仁王くんでも絶対駄目!七瀬の寝顔は私が守るんだから!」
七瀬を起こさないようにゆっくり近づいてくる仁王くんと七瀬の寝顔を守り隊の私の無言の攻防が始まった。
私が仁王くんの脇腹を小突くと、彼は私の頬を突く。
私がそれに対抗して頬を膨らませ、仁王くんの指が頬にめり込んで、更に戦いがデッドヒートしそうになった時、七瀬がぱちりと目を開けた。
七瀬「絵里も仁王も気配がうるさい」
仁王「七瀬、もう一回寝んしゃい」
七瀬「なんで?」
絵里「幸村くんへの免罪符だって」
七瀬はなるほどというような顔をした後、何やら考えるような素振りを見せた。
……あ、この顔は悪いことを考えている顔だ。
七瀬の顔に嫌な予感を感じつつも彼女をじっと見つめる。
そしてしばらくした後に、七瀬はニヤリと笑って口を開いた。
七瀬「ブンちゃんへの免罪符になっちゃうけど、絵里の寝顔でもアリじゃない?」
七瀬の言葉に仁王くんの目が少し見開かれる。
そして、仁王くんが黙って私に近づいてきて、まるで子供を寝かしつけるように肩をポンポンと叩かれる。
仁王「絵里ちゃん、おやすみ」
低い声が耳元で囁かれ、背筋がゾクリとする。
その後、携帯電話を片手に持ち子守唄を歌い始めた七瀬に合わせて、仁王くんも耳元で子守唄を口ずさむ。
会場に着くまで、私は耳元にかかる吐息をくすぐったく感じながら、眠気と戦うハメになるのだった。
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