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「……内田さん?」
 はっと気がついた。
「ご、ごめんなさい」
 問題を解きながら来週のお祭り先生と行けないかな、と考えていたら手が止まっていたらしい。
「疲れた?」
「そんなことないです」
 先生は笑ってあたしがさっきまで解いていたプリントをまるつけする作業に戻る。あたしは問題を解きながら横目でちら、とどれほど自分が正答しているか確認した。まる、まる、まる、ちょっと手が止まってばつ、まる、まる、あたしは自分の問題を解く、そしてまた先生が走らせるペンの音を聞く。まる。
(一個間違えちゃった)
 残念だなと思った瞬間先生が口を開いた。
「内田さん、そのページ終わった?」
「あ、はい」
 じゃあ、と言って先生はまるつけをし終えたプリントを出した。
「一個だけ間違えてた。惜しいな」
「あ、……」
「わかる?どこが間違えたか」
「ここ、ですよね」
「そう、ほんと惜しい。符号が逆なんだよな、+じゃなくて−」
「ほんとだ」
「だろ。もっかいやってみて」
「はい」
「終わったら次この確認テストやってもらうから。でもそんな気張らなくていいし」
「はい」
 あたしは問題を解き直す。
 解きながら思った。
「先生」
「なに?」
「次の確認テスト、満点とったら、」
「うん」
 先生と目が合う。淡い茶色の目。どきどきする。
「来週、ここの地域で」




「確かお祭りあるよね」
「……あ」
「どしたのさとみちゃん」
 そうだ。
 ここに先生は、いない。
 ここにいるのは、あたしと萩間くん。
「なんでもない。萩間くんはレポートやってたらいーの。締め切り近いんでしょ」
「はいはい」
 うーと間延びした声で萩間くんは唸った。
「でもさ、さとみちゃん」
「ん?」
「お祭り、ほんとにあるでしょ」
「そうだね」
「だからさ、一緒に行く?」
「……え?」
 レポートを書き始めた手を再び止めて、萩間くんが顔を上げた。
「行こうよ」
 あたしは驚いて開いた口が塞がらなかった。
「待って、あたしもう死んで」
「そんなこと言わないで」
「……でも」
 萩間くんはただにこにこ笑うだけで本当にお祭りに行こうと思ってるだけみたいだった。
「あたしの姿見えるの萩間くんだけだもん。萩間くんがあたしと喋ってるとき、たぶん他の人から見たら独り言喋ってる変な人にしか見えないんじゃないかな」
「そうかなあ。俺は別にそれでも」
「気を使わなくていーから、早くレポート!そっちの方が気になるわよ」
「…うー、わかった……」
 萩間くんはまたシャーペンを握り直して、それなら、とはっきり言った。
「じゃ、花火だけでも見よ」
「だけ……?」




 お祭りの日、萩間くんの家のベランダから花火が打ち上げられるのが見えた。
 赤とか青とか黄色とか緑とか、七色とか。色んな光が宙に散って消えていった。うわーすごいねーと萩間くんが横で騒いでいる。子供みたいにはしゃぐ萩間くんがかわいいな、と思ったとき、不意に萩間くんがこっちを向いて言った。
「さとみちゃん」
「ん、どしたの?」
 萩間くんがにこにこしている。
「これ学校の帰りに買ったんだけど」
「なに?」
 手を出してきたので思わず手を出したら、透明な青いビーズで作られた小さな指輪がころんと、手のひらに落ちた。
「なんかかわいかったから」
 萩間くんはそう言ってまた花火に目を戻した。
 あたしは手のひらに落ちた指輪をはめた。偶然にもぴったりはまって、あたしは思わずあっと言ってしまった。萩間くんはどーしたのと言ってまたこっちを向いた。あたしは思わず気使わなくていいのになんてかわいくないこと言ってしまって失敗したなと思う。
 それでも萩間くんは笑って、似合うねーと言った。
 萩間くんはいつも笑っている。
(先生、あなたは、なんで)



 なんであたしは先生より先に萩間くんと出逢えなかったんだろうと泣きたくなった。



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