c | ナノ
辛さが売りの斬新なスイーツを買ったのでこれなら彼女たちも食べられるだろうと教会を訪れると妹のストッキングが出てきた。スイーツを渡そうとすると踵を返されたので慌てて彼女に付いていく。
「ねえストッキング」
彼女は彼女の部屋に着くなり無言で僕の手元の箱から中身を取り出すとベッドに腰かけて一口食べた。ふと気付けば壁の向こう側からパンティの喘ぎ声が聞こえる。少し耳障りではあるがケーキをつついている彼女に話しかけてみた。
「その傷、いつの?」
彼女はいかにも鬱陶しいと言いたげな目でこちらを見た。フォークを握る手の甲から袖の中へと走ってゆく淡い線。特に腫れるでもなくずいぶん昔の古傷のようにも思える。
「さっきの」
素っ気なく彼女は言った。さっきの。確かに僕は、彼女たちが今しがた仕事から帰ってきたということを知っているのだが。
「痛くないの?」
「ていうか治りかけだし」
「かなり深い傷じゃなかった?」
「全然」
「血とかすごい出」
「うるさいなあ!」
彼女はいきなり叫ぶと立ち上がってつかつか僕に寄ると邪魔、と呟いて僕の側にあった僕が持ってきたのと違うケーキの箱を拾い上げてまたベッドに座る。僕はさっきの瞬間殴られるかもっと罵られるかすると思ったので拍子抜けした。
「何よ」
彼女は僕を睨み付けて飽きずにまたケーキを口に運ぶ。かたちのよい唇。
「ねえストッキングはさ、……ていうか天使はさ、死なないの?」
「さっきから質問ばっかりね」
「オカルト好きとしては気になって」
「そう。ふつうに死ぬわよ」
「ふつうに?」
「……パンティだって、」
彼女は何か言いかけたが一息吐いてケーキを咀嚼する。そうしていきなり用が済んだならさっさと帰りなさいよと怒鳴るとベッドの上の枕を僕に力いっぱい投げ付けてきたので慌ててかわした。しかしそれもそうだ、僕はいつまでも彼女の部屋にいることはないと思ったので、というかそもそも何で彼女の部屋に来たんだっけ、思い出せないけどまあいいや。
「早く痕が消えるといいね」
女の子なんだから、と僕はおずおずと言い残して部屋の扉から体を半分出す。未だに聞こえるパンティの喘ぎ声。聞こえていないのはわかっているがパンティに対しても言ったつもりだった。目の前の彼女はしかし顔をふいと背けほっときなさいよとだけ言う。それ以上何も言わなくなったのでしかたなく部屋から出たのだが、ストッキングの部屋の甘ったるい香水の香りがなかなか体から消えなかった。