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 開いている間は煌めくどこまでも澄んだ力強い騎士の瞳をしているのに、眠っているとただの少女であるなあと思った。目を覚ますなと思う。瞳を開かれたら、こちらは眩しくて目を開けていられない。
(それにしても無防備だな)
 己を召喚した人間のために走り回っているのだろうかこいつは。戦争の真っ只中、ただの公園の固い椅子に座り込んで眠ってしまうほど疲弊していたのだろうか。だらしなく背中を背凭れに預けて上を向いて眠ってしまうなど、腑抜けにも程があると思って見下ろしていたら、彼女の目蓋が突然ぱちり開いて息が止まりそうになった。どこか不思議そうな色で彼女はこちらを見ている。しかし。
「アーチャー!」
 彼女はようやくはっきり意識を取り戻したのか弾かれたように立ち上がって我から離れた。生命力で満ちた、まるで星の輝きを湛えたような瞳。やはり眩しい。我はさっきまで彼女が座っていた長椅子に腰を下ろし、小さく笑った。
「何処の馬の骨が阿呆面下げて眠っているのかと思ってな」
「な、わたしは眠ってなど……」
「強がりもほどほどにしろ。よーく眠っていたぞ、まあお前が眠っていたと証明するものは何もないがな」
「…………」
 彼女は僅か悔しそうに唇をぎゅっと閉じると、意地になってすまないと言った。
「……しかし、先刻の貴方にとってわたしが眠っていたことは、わたしを殺す絶好の機会だったのではないか」
「粋がるな雑種が。今でもお前を殺ろうと思えば造作もないぞ」
「ならばしてみるがいい」
 彼女は闘志と共に剣を現し、構えた。我は肩をすくめ、戦う意思などないことを彼女に示す。
「そう言われると気が失せる。それよりもお前の唇を我に寄越せ。聖杯なんぞより、今は俄然お前に興味がある」
「…………」
 顔をしかめて彼女は我を見た。彼女が呆れているのは言うまでもないように見える。彼女は剣を下ろした。
「やはり、貴方は聖杯自体に関心があまりないのですね」
「そうだな」
「貴方も受肉したいのではないか」
「いや? 別段そう願ったこともない」
「そうなのか」
 彼女が意外そうな顔をしたので、我も彼女に尋ね直してみた。
「お前は受肉したいとは思わないのか」
「いえ、わたしは思わない」
 彼女が首を振ったので、彼女の願いを我はようやく思い出した。
「ああそういえば違ったな」
 いつの間にか彼女は剣を消して、警戒体勢を解いていた。長椅子に座っている我を、力の抜けた肩で見下ろしている。見下ろされることはいつもなら好かないはずなのに、なんとなく彼女なら、まあ、許してやらなくもないと思った。我の優しい考えなど微塵も知らない彼女はただ、なんともいえない微妙な顔をし続けている。




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テーマ「人外ファンタジー」
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