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「わたしはまだまだ未熟者なのです」
 令呪の宿った右手を撫でながら、はあと彼女が溜め息を漏らした。サーヴァントである俺へ魔力が充分に行き渡っていないと思い込み、ここぞというときに俺が思うように動けない事態が起こる可能性を彼女は危惧しているらしい。
「いえ、主はよくやってくださっています」
「だから敬語はやめろと言ったはずだ」
 むっとして彼女が俺に言うので、彼女ほど焦りを感じていない俺は思わず笑ってすまないと言った。
「主が心配するほど、俺は魔力不足を感じたことはないが」
「しかし他のサーヴァントよりも、貴方への魔力が少ないことは確かなのだ。だからわたしは無知なりに調べました、貴方に、いかに魔力を効率よく供給するためには何をすればよいのか」
 彼女は俺の目をじっと見つめると、今日それを試してみることにした、と言った。
「どうするのだ」
 彼女は寝台に座っていたが、すっと立ち上がり壁に凭れて立っていた俺の側へやって来ると深呼吸する。そうして俺の首に手を回してがくんと下方へ引っ張ると、問答無用で口付けてきた。
「!」
 あるじ、と口の中でもごもごと呼んでみたが彼女は無視をして、開いた俺の口の中に舌を忍び込ませてくる。静かな部屋の中でぴちゃりぴちゃりと水の音がした。その、直に他人に触れるという懐かしい行為に涙が零れる思いがする。しかし同時に自分へと流れ込んでくる魔力に、これは恋だの愛だの関係のない行為であるということが嫌でも理解できて、悲しいなあとぼんやり思った。
「……どうですか」
 唇を離して、唾液で濡れた口元を拭いながら彼女が言う。俺は頷いて、確かに魔力は頂いた、と答えた。彼女は満足げに、ではまた魔力が入り用のときにはこの行為を了承してくれと俺の手を握る。
「貴方が魔力を必要としたときも、教えてほしい。貴方がわたしに尽くしてくれるように、わたしも貴方に尽くすと約束した」
 ずきりと心臓が痛んだ。ああ、と嘘でも快活に返事をしたら、彼女の笑顔を得る代わりに何かを失った心地になる。俺と彼女の間に横たわるゆらぐことのない主従関係。さっきの彼女のやわらかな唇。拙い舌の動き。震えるつま先立ちの頼りなさ。ほんの数分にも満たない出来事だったのに、この先そんなふうにもっともっと彼女を知るたび、心臓が痛む思いをこれからもしなければならないのか。それならば必要なことだとしても、もう彼女に触れたくない。このままだとさらに彼女を知りたくなる。愛になってしまう。




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