c | ナノ



 ぼんやり目を覚ましたら深夜の三時で思っていたより眠っていなかった。二度寝の心地よさを知っているので少し得した気持ちになって寝返りを打つ。そのときかちゃりと扉の取手が捻られるような音がした。気のせいだと思っていたがじんわり目が覚めてきて、扉の方を向く。
「……?」
 閉じられた扉。気のせいか、何だったのだろうと思いながらまた眠りに就こうとしたら、足音がした。
(あ)





 兄はわたしに悪態をつく。皮肉を言う。わたしもそれに応じる。そんなやり取りはわたしたちにとってとても自然なことで、それがわたしたちの間によい膜を作っている。
「王」
 隣国の誰それがこちらを訪問したいそうですよと兄が手紙を差し出してきた。わたしは受け取り中身を確認すると了承の返事を書き出す。兄はその間じっとしてわたしの筆跡を見ていた。
「恐れながら王よ、綴りをお間違えです」
「ああ、ありがとうございます」
「書き損じのある手紙は失礼に当たりますので書き直された方が良いかと」
「わかっています」
「あと」
「サー・ケイ、他に仕事はないのですか」
「そうですね、せいぜいお茶を淹れるくらいでしょうか」
「では頼みます。作業を凝視されるとどうも調子が出ない」
「わたしはただ王はおかわいらしい字を書きなさると思って」
「そんなことはいいから早く」
 近くに居合わせていたベディヴィエールがわたしたちの会話を聞いてくすくすと笑うのが聞こえた。



 ベディヴィエールが部屋を去り、わたしと兄の二人きりになる頃、時計は零時を回っていた。わたしは兄のちくちく刺してくるような手紙を書いていた際の意見に頭をたくさん使って眠たくなっている。兄は空っぽになったカップとポットを片付けながら、もう眠れば良いだろうと言った。二人きりになると兄は口調が砕ける。まるで子供に話しかけるような口調が少しカンに触るがいつものことだった。
「そうですね。粗方書き終えたので明日の朝に終わらせることにします」
「無事に自分で起きられたら良いな」
「もちろん起きられますとも」
 自信はないが自信ありげにわたしは頷くと机の上を簡単に片付ける。そして兄を見上げた。
「今日もお疲れさまでした。兄上もお休みになってください」
「ああ、では」
 兄が部屋を去り、わたしは手早く体を清めると寝間着に着替えベッドに身を預ける。午前一時。わたしはきっと起きられない。やはり七時頃に起こしてくれと誰かに頼んでおけば良かったと思ったが後の祭りである。まあ寝過ごしても誰かが適当な時間に起こしに来るだろうとわたしはシーツにくるまって目を閉じた。





 そんないつも通りの夜だったのだ。しかしとん、とん、とんと緩やかに近付く足音らしきもの。わたしが飛び起きて誰だと叫んだら肩をがつんと掴まれベッドに押し戻される。射し込む月明かりにうっすら浮かび上がったのは兄だった。
「どうしたのです」
 何の用か尋ねようとしたら噛みつくように唇を塞がれ、わたしは予想外の展開に恐怖した。実際に唇の裏側が切れ血の味がする。顔を必死に背けようとしていると兄はようやく顔を離した。
「な、どういうことなのですか……」
「大人しくしろ。噛むぞ」
 痛いのは嫌だと思った。しかし暴れなければわたしの身が危ない。声を上げようとしたら大きな手のひらで口元を押さえ付けられる。そして首筋に顔を埋められ、這わせられるぬるりとした感触、それから首元の薄い皮膚を吸われ思わず呻き声が出た。兄とわたしの間にあるのは血の繋がらない兄弟関係と、曖昧な主従関係のみで、兄がわたしを好いていないであろうことは知っている。しかしまさかこんな形で彼が感情をぶつけてくるとは思わなかったので真っ黒な気持ちになった。数少ないわたしを女だと知る円卓の騎士の一人だからこそなのだろうか。しかしあまりにもひどすぎる。
「なぜですか、あにうえ」
 返事はない。ひどいひどいひどい。泣きたくてしかたなかった。わたしも兄を憎むことが出来たなら幾らか気分も楽になれたかもしれない。しかし兄がわたしに憤る理由もけして理不尽なものではなかったので出来なかった。
「!」
 声が喉で詰まる。ろくに前戯もないまま、兄は指先でわたしを穿った。痛い。痛い。「やはり、女なのだな」。肉が擦れて痛い。わたしは痛みに悲鳴を上げる。すると兄と視線がぶつかったが、月明かりに照らされた兄が、思っていた以上に冷たい目をしていたのでとうとう涙がこぼれた。怖くなってわたしはもがいたが、無理矢理口付けられる。
「うぐ、ん、う」
 舌を差し込まれたので必死に肩口を押し返そうとする。しかしさっきと違って優しい口付けにわたしは驚いた。わたしの髪に兄は手をやって、くしゃりと撫でる。突然そんな風にされたらどうしたらいいのかわからなくなった。戸惑うわたしの体に兄はそのまま愛撫を始める。兄は彼自身の口に指を入れて濡らすと、わたしの陰核をぬるりと撫でたので、声が出そうになった。さっきは痛みがあったが、それは好きだと思った。円を描くようにくるくると弄ばれ、思わず腰が跳ねる。ちゅくちゅくと微かな水音が聞こえ、わたしは眉間に皺を寄せながら、さっきと違う種類の悲鳴を上げそうになるのを堪えてようとしたが、反射的に出るのか、抑えられない。
「あっ、あ、ア……!」
 つぷんと、また指を差し込まれたが、ぬるぬると滑りの良い感触、痛みはなくなってはいないものの、先程に比べたら大したものではない。陰核をゆるゆると撫でられるのが終わらないので、わたしは背を反らしてシーツを掻く。醜態を晒しているのに、がまんすることができない。
「……こんな小さな体で、この国を守ろうとしているのだな」
 耳元でそう囁かれ、その吐息にぞくりとする。指先を出し入れされることは、なんだか奇妙な心地がした。不快ではなく、ただただ声が出る。わたしはふと我に返って、こんなことはよくないとまた彼を押し返したが力が入らず、兄が指先で淡く刺激を送り続けていた陰核を突然ぐりぐりと潰したので、まるで防波堤が決壊したかのようにどっと快楽が押し寄せた。視界が白く染まる。
「っ、ひ、……」
 体が硬直してなにも考えられない。こうやってわたしが女であることを男に実感させられるのは何だか惨めな思いがする。これが兄なりの復讐なのだろうか。ぼうっとする頭で、ただ悔しいと思った。
「……アルトリア」
 突如足を開かされ指よりもずっと太いものが押し付けられる。わたしは瞬時にそれがなにか理解できなくて、にゅる、とそれが入り込んできた瞬間、ようやく押さえつけられた足をばたつかせた。
「っあ、まっ……っ!」
 それなのに緩やかに、ぬるぬると、ぎちぎちとこじ開けられてゆく女の穴。嫌でも彼のあれがどんな形をしていて、どんな風にわたしの中を広げるのかわかってしまう。
「……痛いか、痛いだろうなあ」
 わたしは痛みが許容範囲内であることが辛かった。もうだめだ、と思った。これはいつもの兄でない。兄ではない。
「う、う、あ……」
 ぐちゅ、ぐちゅと静かに抽挿が始まる。かなしいほどにわたしは濡らされていたので、腰を掴まれ、彼の動きの速さが増していっても痛みを快いと感じてしまうほどだった。
「も、も、やだ、やだ、やだあ……」
 唇から漏れる声はもはやわたしの声とは違う。出したくないのに、媚びるような甘い声。
「あ、にうえ……」
 助けを求めるかのように、わたしは絞り出すように兄を呼んだ。早く終わりにしてほしかった。しかし次の瞬間首をくっと絞められ、突然のことに体が硬直する。わたしは兄の手をどうにか離そうと兄の手首を掴んだが敵わない。兄が泣き出しそうな声でわたしの首を絞めながら言う。
「お前なんかいなければよかった、お前と出会わなければ俺は、こんな惨めな思いをせずに済んだのに」
 わたしの首がぎりぎり絞められていく。だのに兄はずんずんと荒く腰を打ち付けてくるのでわたしは苦しくて目からも口からもだらだら液体を垂れ流しながら喘いだ。目の前が霞んで息が出来ない。でも嫌いな人にこんなことをするはずがない、兄に突かれるたび、首をぎりぎりされるたび、わたしは兄に嫌われていないのだと思い込むことにした。もう苦しさなんてどうだってよくなっていた。言葉がいくら冷たくても、聞こえなかったふりをした。徐々に思考が暗くなっていく。死ぬ、と思うまでもなくただ落ちる感覚がわたしを支配する。
「っあ」
 ふいに首元の手を離された。いきなり酸素が巡ってきて、目眩。咳き込む。
「かは、あ、う、っ」
 わたしはシーツを掻いた。そうしてどこからかともなくやって来るぞわぞわする感覚が頭の中を侵食するので、怖くなって逃げようと力なく身を捩ったら腰を掴まれてさらに押し込まれる。頭が働かない。視界がぼんやりして、腰が浮く。頭上で兄が、くそ、と呟いたのが聞こえる。しかしわたしはもうそれどころではなく、シーツをさっきよりも強く握りしめて、声にならない叫びを上げただけだった。





 はっと目を覚ます。時計を見ると午前三時だった。あれ、と思った。さっきも目を覚ました気がする。そのときも午前三時だった。わたしは飛び起きて周りを見回したが誰もいない。物音すらない夜。
「……ゆめ?」
 わたしはなんてふしだらな夢を見てしまったのだろうと思い返したら恥ずかしくなって布団に潜り込む。よく考えなくても兄があんなことをするわけがないではないか。わたしは目を閉じて睡魔に身を委ねた。不本意ながらも多少興奮してしまっているのか、息が苦しい思いがする。

 先刻のあれは、果たして。



「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -