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 服屋の入り口の側の窓辺に飾られている可愛らしい洋服をじっと見つめている少女は、黒いスーツを着たセイバーだった。
「どうした、こんなところで」
「うわあ!」
 余程集中していたのだろうか、突然俺に話しかけられて彼女は彼女らしからぬ驚き方をした。
「ら、ランサー、貴方こそ、どうしたのです」
「ただの巡視という名の主の使いだ。……こういった服装が趣味なのか、セイバー」
「いえ、わたしのマスターに相応しいものだなと思っただけで」
(嘘だな)
 彼女は年相応の表情をあまり見せない。柔らかそうな金髪が揺れて、なんだか少し泣きそうになった。一見そこらの可憐な少女であるのに、こんなところで剣を振るうことを強いられている。彼女にそう思ってしまったことが気付かれてしまえば瞬く間に機嫌を損ねさせてしまうだろうことは分かっているが、そう思わずにいられなかった。
「普通に、似合うと思うが」
「誰に」
「お前以外に誰がいるんだ」
「何を言うんだ、こんな服。わたしには似合うはずがない」
 眉をひそめて彼女は店から遠ざかる。強がっているだろうことは何となく後ろ姿から推測できた。慌てて後を追い、隣に並ぶ。見下ろした彼女の頬は赤い。
「試着でもすればいいものを」
「自分のことは自分が一番わかっている」
「俺は興味があるぞ、お前の女らしい一面に」
「敵に何を言っている」
「そういったスーツも、似合ってはいるがな。……そうだ」
「どうした」
 俺は彼女の腕を掴みもと来た道を引き返す。
「な、なんなんだ」
「主の使いの内容がな、女の喜びそうなものを買ってこいというものなんだ。男の俺より、お前の方がきっと、趣味の良いものを選べるだろう」
「わ、わたしが選ぶのか」
「嫌ならば、無理強いはしないが」
「…………」
 さっきの店の前に戻ってきた。彼女は戸惑いを隠せない表情で、なにかぶつぶつ呟いていたが、意を決した顔をして、わかりましたと言った。
「ここまで連れてこられてしまったら、手伝う他ない。わたしの趣味が貴方の主の気に召すかどうかは、保証しないが」
「ははっ、問題ない」





「セイバー、恩に切る」
「鞄で良かったのかどうか」
「選択肢としては無難で良い、衣服だと寸法が心許なかったからな」
「それなら良かった」
「そもそも、男が一人でこういった店で買い物をするのは、なかなか厳しい」
「はは、確かに」
 では、楽しかったと彼女は立ち去ろうとする。
「待ってくれ、セイバー」
「何か」
「ほんの礼のつもりなのだが」
 会計のときにひっそりと忍ばせた、青い花の刺繍が施された飾りのついた髪留めが入った小袋を差し出す。セイバーはきょとんとした顔でそれを受け取り、中身を見て、驚いた顔をした。
「わたしは礼を渡されるほど大層なことはしていない。大仰です、頂けません!」
「しかし購入してしまった」
「鞄と一緒に貴方の主に渡せば……」
「いや、セイバー、俺はお前に似合うと思ってこれを選んだのだ。それなら普段使いができるだろう」
「だが、」
「気にするな、どうしても嫌なら後で捨ててくれ。今はとりあえず、自分勝手だが、受け取ってほしい」
「…………」
 彼女は首を振り、俯いて使わせて頂くと答えた。小袋を大切そうに彼女は握る。
「ありがとう、わたしはとても、気に入りました」
 顔を上げてそう言った彼女は、少女らしい、愛らしい表情をしていた。
「では、次に会うまで脱落してくれるなよ」
「貴方こそ」
 今度こそ彼女と別れて、俺は帰路につく。まともに俺と会話をしてくれる人物が、例え敵であっても一人はいるということがどれだけ嬉しいことか。少しだけ楽しくなりながら、主に領収書の言い訳を何てしようか考えつつ、俺は歩いた。




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