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 2/14の夜






(すっかり遅くなってしまった)
 アイリスフィールはものをうまく掴めないから、日常生活に於いての必需品の確保はわたしの仕事となっていた。食べ物や消耗品を買い出しに行く。それらの作業は案外気分転換になるので嫌いではなかった。
 空はすっかり暗くなっていて、ちらちら星が見える。かつて昔に見た空よりは星が少ないと思った。視界に入る程度なら、さらりと数えられそうだ。
「あの星の集まり、剣の形に見えないか」
 唐突に頭上から声がして、後ろを見るとランサーが立っていた。珍しく現代風の服を着ている。ランサーの言う星の集まりをどこだ、と探してみても、よくわからなかった。
「セイバー座だな」
「なんだそれは……」
 噴き出したわたしを見てランサーはにこにこしたまま、こんなところでどうしたんだ、と尋ねてくる。
「普通に買い出しをしていたのだ。本当はもっと早く帰る予定だったのだが」
 ほう、とランサーが頷く。
「帰りに親とはぐれた子供がいて、親を探すのを手伝っていたらこんな時間になってしまった」
「それはご苦労だった」
「はは、ありがとう」
 そうだ、とランサーは手に持っていた紙袋から何かを取り出す。見ると棒のついた丸い飴で、鮮やかな袋でくるんである。
「くれるのか?」
「ああ」
「……こういった飴は、食べたことがない。とても嬉しい。ありがとう」
 感動のあまり声が掠れた。普通の食事はたくさんしたが、こういった市販の嗜好品は食べたことがなかった。
「意外だな」
「わたしのマスター達が食べないので、機会がなかったのです」
「さっき食ってみたのだが、お高い銘柄の菓子も良いが、こういったものも美味いぞ、現代は」
 言うと同時にもうひとつ、手のひらに飴を押し付けられる。色違いの袋。
「二つもいいのか?」
「二つでいいのか」
「えっ」
 ランサーはわたしの手でお椀を作らせると、紙袋から更にたくさんの、飴や飴以外のお菓子をどさどさ置いた。両手いっぱいのきらきらしたものに、わたしは釘付けになる。
「……貴方は魔術師だったのか」
「いや、しがない槍兵だ」
 わたしは自分のスーツのポケットにそれを詰め込む。滑稽なほど膨らんでしまった。
「どうしてこんなにたくさん」
「よくわからないが、今日、街で何人かの女性に呼び止められてな、こういった類いの施しを大量に受けたというか」
 実はまだまだあるぞ、と紙袋の中身を見せてくれた。本当にまだまだあった。
「最初にケーキをくれた人の袋が大きかったから、施されたものをどんどん詰めるとこんなことに」
 さすが魔貌の男だとしみじみ思う。わたしも彼の黒子的な何かがあれば、今日街で何か貰えたのだろうかと浅はかなことを考えてしまった。
「……いいなあ」
 呟いてしまってはっとする。ランサーが笑ったので赤面する。
「折角だから主に献上しようと思っていたのだが、お前の方が喜んでくれそうだな。この袋ごと、受け取ってくれるか?」
「え、あ、そんな……いいのか?」
「勿論だ」
「う、嬉しいぞ、ランサー」
「ほら」
 がさり音を立てた紙袋を手にして、口許が綻ぶのを止められなかった。わたしの前に立つランサーの背景に、彼の美しい瞳のような金色がたくさん、瞬いている。



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