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 アルトリアロマンス

 部活を終えた後だったので、喉が渇いていた。冷たいものが飲みたいと思い、バスが来るまでの間、帰り道の自動販売機でスポーツドリンクを買って、一人きりで飲んだ。薄暗がりの中でもうすぐ日が暮れそうだと思った。晩夏。徐々に暗くなるのが早くなってきている。蝉の鳴き声がした。頬を伝う汗の、なんともいえない不快感。バスが来るまであと十分ぐらいある。
「セイバーではないか」
 突然名前を呼ばれ辺りを見回した。後ろを見ると藍色に染まりつつある橙色の前に立つアーチャーで、何故こんな時間に彼がここにいるのだろうと思った。
「部活帰りか」
「ええ。貴方も?」
「ああ」
 あんな部活でも、遅くまで残ることがあるのだなと思った。
「セイバー」
 手を伸ばされたので、わたしの手の中のスポーツドリンクでも欲しいのかと思い、投げて寄越してやると彼はそれを受け取り満足げに笑った。
「よくわかっておるではないか。さすが我の妻となる女」
「貴方がそんなことばかり言うのでわたしは胃が痛むのです」
「はは。照れるな照れるな」
「どこをどう捉えたら、わたしが照れたという話になるのやら」
 大仰なほど呆れた顔をして言ってやると、彼は笑ってペットボトルに口を付け、そうして飲み終えてこちらに投げ返した。わたしは半分ほど残った重みのあるそれを掴むと鞄に押し込む。
「貴方も次のバスに乗るのか」
「乗る」
「そうか」
 なまぬるい風が吹いた。髪の毛やスカートがばたばたいう。
「この時間だとバスが混んでいそうだな」
 わたしがぼんやり呟くと、彼は嫌な顔をした。
「この我が雑種どもの中に混じるだけでなく立てと。気に食わん」
「わたしはいつも乗っているから慣れているが」
「お前は耐えられるのか」
「数十分だけの話だろう。我慢する程のことですらない」
「流石だな」
「どういう意味での流石だ」
 程なくして来たバスは存外に空いていて、空席はあった。彼は嬉しそうに、これなら乗ってやらんこともないと言ってバスに乗り込んだ。一番後ろの五人席に並んで座る。そこでわたしはなぜ、彼の隣に座ってしまったのだろうと思った。一人席に行けば良かったのに、なにも考えなかった自分を悔いた。
「…………」
 バスの中で彼は特に口を開くこともせず、ただ隣に座っているだけでバスの振動に身を任せている。わたしは疲れに身を任せてしまった。瞼が重い。意識するまでもなくわたしは眠ってしまったようだった。



 揺り起こされ顔を上げるとわたしの降りるバス停の直前の景色が視界に入って、冷や汗が出た。彼がにやにやとこちらを見下ろしている。起こしてくれたのかと小声で問うとよい寝顔だったとか言いながら彼は意地の悪そうな笑顔で頷いた。
「助かった」
 わたしが顔をしかめながら言うと、彼がぱっと破顔したので思わず赤面してしまった。バスを降りる。
「貴方はわたしの降りるバス停を知っていたのか」
「嫁のバス停を知らぬはずが」
「はいはい」
 わたしがどれ程冷たい口振りをしても、彼はにこにこしたままだった。それからわたしに手を振って帰っていこうとする。わたしは咄嗟にどうしたらいいかわからず、また明日と小声で言うと、彼はただ一言、ああと言って歩いていった。もしかしたら彼はもっと手前のバス停で降りるはずだったのに、わたしを起こすために待っていたのだろうかと思うとなんだか余計なお世話と言いたくなるような、申し訳ないような、色んな思いがした。仮定であるから、深く考えないことにする。
 また喉が渇いたと思ったので、ペットボトルを出して一気にあおった。少しぬるくなったスポーツドリンクはあんまりおいしくはない。そして改めてわたしは、彼のことを苦手だなあと考えていた。



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