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 水を飲むために結んだ指先は結局空っぽになってしまうのだ。意識をやっても隙間の出来る手から、水は躊躇いもなく流れてゆく。口をつける前に地に染みを作った。
(喉が渇く)
 何度も夢見た、他人から与えられる水。を、求めてしまうので、満たされず、いくらなにかを飲んでも常に渇いている。嫌になる。がらんどうな自分の掌に嫌気が差す。



 通り掛かった公園で、子供が背の低い水道にたかって水を飲んでいるのを見かけた。その公園のベンチに腰を下ろすと景色を眺める。転がった白と黒のボール。砂ぼこりが舞う吹き溜まりに、煌めく柔らかな日射し。平和を象徴するかのような場面。ふと俺たちはこの場面を壊すこともしているのだなと思うと少し顔をしかめてしまった。ぼんやりしていると子供の一人が水道のあたりを眺める俺に話しかけてくる。
「おにいさん水のみたいの?」
「へ」
 反射的に間抜けな声が出て恥ずかしくなったが子供は何も言わずただ駄目だよとだけ言った。○○くんの言うこときかなきゃ水は飲んじゃいけないんだよとのたまう。○○とは誰だと思った。このあたりを支配する人物なのだろうか。
「いや、俺は別に……」
 要らない旨を伝えると子供はそっかとだけ言って俺を離れていった。
(あ)
 突然公園にセイバーが現れた。汗だくで、走ってきたような顔をしている。子供たちは水道から離れボールを蹴って遊んでいたが、彼女が水道に走り寄って水を飲もうとした瞬間それをやめて彼女を囲んだ。
「○○くんが水をくれるんだよ」
「○○くんをよぶぞ」
 と彼女に言うのが聞こえて、そのとき初めてああ子供の戯れ言だったのかと気付いた。彼女は子供たちを見回すと、王であるわたしが水を飲んではいけない謂れはないだろうと大人げないことを言った。しかし子供たちは彼女のあんまりにも当たり前のように言ったその一言に黙り込んでごめんなさいと俯き、ちょっと落ち込んだ様子で彼女から離れていった。そして少し距離を置いたところでまたボール蹴りを始める。子供の切替の早さは流石といったところである。子供から彼女に視線を移すと、蛇口から流れ出た透明な水を手にすくって飲んでいた。美しく無駄のない一連の流れに思わず見とれる。彼女はそうして人心地がついたのか、俺の方を向いて笑った。サーヴァントである気配かなにかが伝わるので、お互いを見つけるのは近距離なら簡単だった。
「暑そうだな」
 彼女の方へ向かいながら、俺がそう言うと彼女は頷いて、子供に遊ばれていたと言った。
「鬼だと呼ばれ走り回されたから暑くて仕方がない」
「災難だったな」
「ア……マスターの意向だったので、仕方がなかったのです」
 また彼女は水の続きを飲もうとする。彼女がとてもおいしそうに飲むので、さほど喉の渇いた気のしなかった俺も何だか喉が渇いた気がして彼女の横から手を結んで水を汲もうとした。が、指の隙間から零れ落ちていく。彼女は驚いた顔をして俺の手を見ていた。
「不器用なのか」
「そうかもしれない」
「いや、あなたが不器用なはずがない」
「……」
 彼女はしばらく考え込むようにじっと水道を見ていたが思い立ったように蛇口の下で手を結んで水を注いだ。
「わたしの手からで良ければ。飲むか」
 陶器のような白い掌に湛えられた水は、夢にまで見た光景そのもので、俺は急に目が少し熱くなるのを感じた。生きられるのだと思った。
 しかしそんな俺の気も知らないで、彼女ははっと思い出したように言う。
「いや、頑張れば蛇口からでも飲めないことはないか」
 少し照れたように彼女は笑いながら結んだ手をほどいた。刹那、水が落ちる。俺に届かないそれ。駄目だ。駄目だだめだだめだ。咄嗟に彼女の手を掴む。俺はお前から水が欲しいのだ。
「……あなたがいいのなら」
 子供たちはどこかへ行っていた。彼女は随分戸惑った顔をしていたが、二人きりになっていた公園で、俺は彼女の掌から水を飲んだ。飲みづらく、思っていたより簡単な行為ではなかったが、今まで水を飲んだどの瞬間よりもずっと、俺の渇きは癒されたと思った。



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