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 セイバーとの争いが脳内を過った。軽やかな彼女の足捌き、太刀筋、舞い上がるドレスの裾、闇の中で輝く瞳。記憶の中で彼女は、楽しそうに笑っていた。あのとき。
(そういえば)
 笑顔といえば、いつもどこか悲しそうな笑い方をしていたグラニアを思い出す。俺が死んだあと、グラニアの生活はどういったものだったのだろう。とうに時代は変わって彼女がもう亡くなっていることは理解しているが、それでも彼女を一人にして俺は死んでしまったので、今さらながら心配してしまうのである。
「ランサーではないか」
 後ろから声を掛けられ、振り向くとセイバーが立っていた。



 すこし前にこんな話をした。
「お前には内儀がいたそうだな」
「形だけではあるが、確かに。色々あって、最後は不仲に終わりましたが」
「そうか。辛かったな」
「いや、仕方のないことだったから」
 セイバーがおんなの体を持っているのに、男として振る舞っていたからだとか、そういった諸々の事情で、妻を迎えたのは仕方のないことなのかもしれないが、すこし引っ掛かるのだ。いくら男の振りをしても、彼女の所作は女性らしく気品に満ちていて、やさしい目で俺を見るときにはほんのすこし、グラニアを思い出させるのだ。
 そうなのだろうか。



「ランサー?」
 ひょっと顔を覗き込まれ戸惑う。自分が俯きながら歩いていたことに気付く。ざり、足を止める。
「貴方らしくもない。どうしたのです、さっきからいつもの余裕が伺えない」
「いや、考え事をしていただけだ」
「……そうか、そういうことも、あるのだな」
 ふと気付けば俺は、彼女の手を握っていて、思わずえっと声が出た。俯いていたことも、彼女の手を握っていたことも自覚がないことばかりで、赤面して手を離す。彼女はきょとんとした顔でこちらを見上げて、それからにこっと笑った。
「貴方はいつも余裕綽々なのに、さっきからいやに人間らしいな。今の貴方は、何となくいつもより好ましいぞ」
 友好的な視線でもって俺を見つめる彼女の目を見つめ返す。そして、ああこの目付きは、グラニアではなかったなと思った。
「……お前は、いつまでも、そのままで」
「?」
 彼女はほんのすこし首をかしげた。
「いや、こちらの話だ」
 言いながら少し笑みが漏れた。愛していた女と、目の前の戦友を比べること自体間違っている。
 彼女が口を開いた。
「貴方も、結婚していたのだろう」
「ああ、美しい人だった」
「貴方となら、その人は幸せだっただろうな」
 その瞬間、彼女が俺の伴侶だったなら、とわけのわからない想像をしてしまった。たった今俺は、嫌悪している筈の恋をする乙女の瞳に非常に近いものを、彼女に向けてしまっていたのではないだろうか。
「……そうだといいが、わからないさ。もう彼女はいない」
「しかし」
「だから、お前が思うよりもお前の妻は、お前のことを愛していたのかもしれないぞ」
 誤魔化すように彼女から目を背ける。それらしいことを言って俺こそそう望んでいたのだ。悲しそうな笑顔のグラニアの本意は果たして、と思いを寄せる。だが霧散して彼女の表情が気になって仕方なかった。目の前の彼女はただの戦友であり、敵であるのに。
「……そうだと嬉しいな」
 彼女の、俺の言葉にはっとしたような顔をしてから見せた泣き出しそうな笑顔が、胸に突き刺さる。そんな顔をさせたかったわけではなかった。
 かつての思い人と彼女への思いが、どこかずれていく。

 彼女と別れて一人になって、やはり俯いて歩いている俺がいた。グラニアのことは頭から消えている。彼女のことばかりが頭の中をぐるぐる廻る。いつから俺は自身にまで嘘をつくようになったのか。あああ。ため息しか出ない。



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