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 先刻まで雨が降っていたのだが、徐々に小降りになり、すっかり止んで綺麗な橙が空に広がっている今に至る。雨上がりの湿気た空気の中で、濡れたアスファルトが煌めいていた。傘を持っていなかったわたしは濡れ鼠で、周囲を見渡せば同じような人がいたりして妙に親近感を覚える。
(探してくれるわけがない)
 一時間前に戻りたかった。幾らわたしに寛容である彼も、流石に勝手に姿を隠したりしたわたしに呆れただろうし憤怒しただろう。今日は彼に甘えきってしまっていた。気張ることに疲れていただなんて言い訳にしかならない。況してや許して貰おう等とも考えてはいけない。せめてみっともなく濡れそぼった服が粗方乾いてから、彼を探そうと思った。濡れた衣服が肌に張り付いて少し寒いから、一旦家に帰ろうか。でもそれはなんだか、今日、遊んでも良いと笑って許可をくれたアイリスフィールにも、申し訳が立たない気がする。



 最後に彼と別れた映画館の近辺まで来た。雨が降っていたときはいなかったティッシュ配りをしている人がいる。一つ貰って物陰で髪などを拭いてみた。気休めにしかならなかったが、そうする前よりはましだと思える。映画館の前に在ったごみ箱にティッシュを捨てて深呼吸をした。
「…………」
 ふと、もしこの先彼に会ったら、怒られるだろうか、と思った。そして、何故そんなことに怯えているのか、考えてみるとわたしは今までに殆ど怒られるということが、なかったからだと気付く。
「……何故濡れている」
 びくりと体が震えた。背後からの声。振り向かなくともわかる。間違いなく、彼。
「何故この我を置いて消えた」
 声は低めの一定の調子を保っている。ゆっくり彼の方を見た。表情を知るのが怖かった。
「あ、あの……」
 彼は別に怒っている風でもなく、どちらかといえば無表情なままわたしの言葉の続きを待っている。
「わた、わたし、その、……」
「探した」
「さが、し」
 彼の手に、傘が二本あることを知った。そんな、叱ってくれたら良かったのに、彼はそうしてくれなくて、わたしだけが、親に怒られている、小さな子供の気持ちになっている。やり場のない手が服の裾を握り締めた。
「あの、急に、申し訳なくなって、その、他意はなかったのだ、楽しかったし、ご飯も、大変美味だった」
「何だそれは」
「つ、まり、あ、アーチャー……」
 彼の傘を持つ手を掴んだ。彼はひどく驚いた顔をして、わたしの目を見る。
 彼が望んでいるのかそうでないのかはわからない。ただそこまで出そうになっているのに、ごめんなさいが、言えない。



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 アナログ/Kiichi



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