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 昼間に少し身を震わせて寒くなってきたなと彼女は呟いた。なのに更に冷える深夜、彼女が家を出ていったので何事かと後をひっそり追ってみると彼女は迷いなく荒川に飛び込んだのである。荒川の深さがどんなものか知らないから、上着を持って川べりで座って待った。上着がいるほど寒いはずなのに、彼女は大丈夫なのだろうか。

 心配を通り越して少しうとうととしていると水音がしたのではっとする。全身水浸しの彼女が驚いたようにこちらを見ていた。
「リク、寒くないのか」
「ニノさんこそ」
「わたしは平気だ」
 平気じゃありませんよ、と俺は上着を彼女の肩に掛けて一旦俺の部屋に帰りましょうと言った。彼女は頷くと大人しく後ろをついてくる。手を繋いでみるとびっくりするくらい冷たくて、よく平気そうでいられるなと思った。





「水の底から宇宙を見ようとすると、とても美しいんだ」
 服を貸すと言っても断固服を脱ごうとしないのでストーブの前に座らせて彼女の話を聞く。とりあえず温めたココアを渡すと彼女は喜んだ。
「金星は、何より空が綺麗だ。地球よりも」
「ここは空気が悪いですから」
「リクもわかるだろう」
「何となく」
 彼女は彼女らしからぬ笑みを見せた。少し切なくなる。
「だから金星を思うときは水に潜りたくなる。リク、今度からはわたしのことを気にしなくていいぞ」
「いえ」
 彼女は笑みを崩してきょとん、とした顔をした。何でだ、と言うので当然ですよ、
「恋人じゃないですか。ニノさんが上がってくるの、待ってますよ」
 温かい上着を広げて、いくらでも俺は彼女を待つ。部屋を暖めて、ココアを作って、風邪を引かないようにするのが恋人の務めだろう。



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