b | ナノ
トウコが笑っていた。目を覚まして夢だと気付いてああ夢でなかったら良かったのにと思う。時計の針はすでに正午を指していた。よく寝たなあ。半身を起こして隣を見ると、ちょうど彼女が目を覚ました。
「おはよう」
「…………」
ボクの姿を見た瞬間、不機嫌そうに彼女は顔をしかめた。そんな顔しないで、と手を伸ばそうとするとそっぽ向いて掛け布団の中に潜り込んでいく。小動物的でかわいいと思った。
「……なんであんなことしたの」
彼女が掛け布団の中から尋ねてくる。
「好きだから」
「だからって」
「しかたないだろう」
用があると手首を引いて彼女をここまで連れてきたのはボクだ。彼女はまさかこんなことになるなんて思いもしなかったのだろう。ボクは彼女がそう思うはずがなかったことをわかっていたのだ。
「ボクを嫌いになったかい」
「さあ」
「そう」
「忘れたいの」
「ふうん」
でも、なかったことにはさせない、そう言い切ると布団を剥いで彼女と無理矢理目を合わさせる。目に飛び込んできた茶色の色彩は宝石のように煌めいて、ボクはそれを欲しい、ほしいと思うのだ。
「あんたはこんなことに興味がないと思ってた」
「なにを根拠に」
「だからわたしはあんたを尊いと思っていたのに」
「動物でもあるんだから」
顎を掴んで強引に、人間でないような貪欲さで彼女をとらえた。明日からはどうせ彼女は僕に関わろうとしてくれなくなるのだろうと思うので、せめて忘れないように、僕自身を刻み込む。狡くて汚いのは誰だかわかっている。