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 学パロ


 何百人といる生徒の中で、きわめて成績が良く運動も出来、感情の起伏が乏しいその少女はよく教師の間で話題にのぼった。扱いやすくとりあえず愛想もそこそこいい彼女は教師たちのお気に入りらしい。
「質問、いいですか」
 彼女はどちらかといえば文系らしく、別段出来ないわけではないのに化学はあまり得意ではないと言い、よく放課後になると俺のいる化学準備室にやって来ては化学の問題集を解きに来る。放課後の穏やかな時間に次の授業で使うプリントを作りながらコーヒーを飲んでいた俺は、何となく時計を見るとそろそろだろうと予想するのだ。しかめ面で唐突に化学準備室の扉を開ける彼女の存在が日常と化してしまっていたことを、俺はその瞬間に気付いた。今日もやって来た彼女は俺がどうぞと言うまでもなくいつもの椅子に座り、問題集を広げ出す。眉間に皺を寄せ非常に苛ついた様子で問題を解く彼女に、俺はそんなに嫌いな教科だったら、そんなに成績が悪いわけでもなし、そこまで頑張らなくてもいいんじゃねえかと言った。
「だってしんどいだろ」
「しんどいです、けど」
 彼女は顔を上げて睨み付けるように俺の目を見ると、少し溜めてから内申のためです、と言いながらまた問題を解き始めた。そういえばこの頃こいつは俺に質問をしない。
「H2Oなんて、水って書けばいいじゃないですか。こんな風に、わざわざややこしく書く理由がわからない」
 いつの間にか答え合わせを始めていた彼女は、化学式で書くべき答えをうっかり物質名で書いてしまったらしく憤慨しながら赤ペンを動かしている。理不尽なその怒りに笑いを堪えつつ俺は、ただコーヒーを飲みながら彼女の伏せられた長い睫毛を見た。俺にとって、彼女は美しい。それだけだった。





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