b | ナノ
くしゃみが止まらなくて花粉症かなあと思った。鼻を擦って不快感に眉をひそめる。今の季節、何の植物が花粉を飛ばすっけ。
「噂じゃないの」
「えー?」
ティッシュに伸ばしかけた手が止まる。何か噂になるような出来事があっただろうか。なかったと思う。
「三日前、アカネ、どこにいた?」
「え、三日前?デパートやったかなあ」
「誰と?」
「誰と、って……」
ああ、ヒビキくんと一緒におったわ。思い出して言う。
「僕もそこにいたんだよね」
「え、声かけてくれたらよかっ」
「いやいや」
マツバがわざとらしくうっすら笑みを浮かべているのが少しだけ怖くなった。何が彼の気に食わないのだろう。
「僕はね」
「うん」
「その時コトネちゃんといたんだ」
「へえ」
コトネちゃんとデートとか楽しそうでええなあと笑うと彼はほんの少し顔をしかめた。彼が何を訴えたいのかわからなくて、もどかしい。
「何が言いたいん?」
直球で尋ねてみると彼は驚いた顔をして、ふう、と息をつくと表情を和らげた。
「とくに意味はないよ」
なんとなくがっかりした様子だが、彼が意味はないと言うのなら、意味はないのだろう。彼はいつも通りのやさしい顔で、わたしにティッシュを差し出してくれた。