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「何ですかそれ」
「ビデオカメラ」
「それはわかるんですけど」
 彼の手の中に、手に収まる大きさのビデオカメラがある。子供の運動会とかでおとうさんとかが撮影に使いそうなもの。
「何で持ってるんですか」
 質問を変えると彼は懐かしそうに目を細めてビデオカメラを眺めながら、昔映画を撮りたい時期があったんだと言った。わたしは彼がそんなことを考えたことがあるだなんて思いもしなかったのでへえっと声が出る。すると彼は突然思い出したようにそうだ、と目を輝かせた。
「今から撮ろう」
「今からですか」
「女優もいることだし」
「どこに」
「ここに」
「ええっ」
 お前以外誰がいるんだ、と彼はにやりと笑って話し出す。
「そうだな、胸糞悪くなるぐらい甘ったるいラブシーンを撮ってみたい。撮影は海辺でする。お前がそのワンピースで砂浜を歩いて、向こう側から相手の男が」
 そこで彼は黙った。思い出したように呟く。
「相手がいない」
「じゃあデンジさん自ら」
「俺はあくまで監督だ」
「あ、それなら」
 彼の赤い髪をした友人が脳裏を過ったのでその頭文字であるオ、を呟いた瞬間彼が苦い顔をしてやめろ、と言った。お見通しらしい。
「一人しか演技する人間がいないんなら、無理だな」
 今回はやめる、と彼はビデオカメラを片付けた。わたしは正直言って彼のことをあまり知らないので彼の昔を垣間見れて嬉しかったがそれよりも、気のせいでも彼がわたしを独占しようとする素振りを見せてくれたことが、嬉しい。



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 映画監督
 斉/藤和/義さんの名曲です



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