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「というわけでヒビキくん。わたしは明日ワタルさんちに遊びに行くです」
「……えー」
 ぎゅうぎゅうと二人で寝転ぶベッドは最早夏のようだ。今日は外が雨なので、コトネの家に引きこもっている。
 コトネが隣であっついと叫んで布団を蹴った。そんなコトネの格好はキャミソールと短パンという出で立ちである。
 なんやかんや俺たちの距離は近いんだか遠いんだかわからない。というのも、未だ一緒に風呂入ったり寝たりするのに抵抗がないとコトネは言う(俺としては大問題)。
「……コトネ」
「ん?」
「いや、あのさあ。……ワタルさんて、あのワタルさんかな」 
「そうだよ」
 うん、コトネの知り合いにワタルさんは一人しかいないの知ってます。あー、聞きたいのはそれじゃないんだよと頭抱えたくなった。聞きたいことは聞き出せない。俺チキンだから。
「……」
「ヒビキくん?」

 何でワタルさんち行くの

 これが言えない。今すぐ誰か俺をはたいてほしい。頼むから。今ならカイリキーでもハリテヤマのでも受け止められる気がする。はたく限定で。
「……ちょっとヒビキくん」
 俯せで枕を顔に押し付けていたら、コトネがぱこんと頭を叩いてきた。
「なに」
「さっきから話しかけてるのに無視しないで」
「ごめん」
「いいのよ」
 即答。何だそれ。気にしてないなら謝らせるなよ。
 だがこんな軽いノリが好きなのだ。
(……そうなんだよなあ)
 何が俺をチキンにさせるって、アレだ、この関係が壊れてしまうのが怖いんだ。せめてお互い違う人と付き合って結婚しても、こんな風に過ごしていきたい。ささやかだが大きな望み。俺はだから怖がりになる。
「あ、そうだ」
 コトネが突然声を出した。
「明日どんな格好していけばいいと思う?」
「明日?」
「うん」
 俺と同様に幼くて薄っぺらいコトネの体。薄っぺらい格好のままベッドから降りてクローゼットを開く。
「かわいい方がいい?どう?」
「……俺はシンプルな方が好き」
「へー。意外」
「かわいいのはなんかやだ」
「ほう」
 こんなの?とコトネが灰色のワンピースを出してきて尋ねてきたが、俺は上の空だった。訊かずとも明日コトネがワタルさん宅に遊びに行く理由を知ってしまったのだ。萎えー。まあそんなことだろうとは思っていたけれどもだ。
「……もっとシンプルなのないの?」
「これ以上地味なのって…どんなよ」
 困惑するコトネの顔を眺めながら、このヒビキ、たった今失恋したことを理解しました。でもおめでとうコトネ。きっと君の人生は薔薇色だね。羨ましいよ、ほんと。
「……どしたの?」
「ん?」
 服を置いてコトネがやって来る。頬に手を当てられて、それからやっと自分が泣いてるのに気がついた。咄嗟に俺は笑う。
「ごめん目に砂が」
「砂って」
 俺の言い訳にコトネはおかしそうに笑った。相変わらずかわいく笑いやがる。俺がずっと側でこの顔見てきたってのに。久しぶりに流した涙は全くもってしょっぱいものだった。



 俺の方がずっと昔からお前のこと好きだったのにさ。




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