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 新チャンピオン歓迎会と称して、わたしの家でイツキさんキョウさんシバさんカリンさんワタルさんらと飲み会をしている。と言ってもわたしは未成年だからジンジャーエール飲んでお酒を飲むような雰囲気を味わっていた。
(……ていうか、歓迎会ってなに)
 ポケモンの記録が終わってあの部屋から出ると、クルミさんとオーキド博士はいなくなってその四人がにやにやしながらこちらを見ていた。そしてカリンさんが「飲み会やるわよ!」と叫び、やや困った顔をしたワタルさんを見上げながらなんとなく流れに流され飲み屋に行き、二次会と言うことでわたしの家に落ち着いた。家に着く前母に電話でそう言うとじゃあヒビキくんち行ってるわと家を空けてもらえたので安心した。
「……でもお願いですからあんまり騒がないでくださいね」
 カリンさんが赤く上気した頬で頷いた。
「わかってるわよー」
 そのときすでにべろべろになっていたキョウさんは呂律が回らない舌でアンズが心配だから帰ると言っていなくなってたので、一番の不安ごとは取り払われていた。
 で、途中のコンビニでビールとジュースとおつまみを買って今の状態に至るわけである。


「でねーコトネちゃん聞いて、あのねえワタルってばね、」
 とか言いながらカリンさんは酎ハイ片手にシバさんにぺったりくっついた。シバさんは少し困ったようにビールを煽り、ワタルさんは苦笑しながらおつまみに手を伸ばす。イツキさんも未成年なのでわたしと一緒にジュースを飲んでいた。
「カリン、飲みすぎ」
 ぺったりと貼り付いていたカリンさんをシバさんは剥がすように押し退ける。なぁーによーうと今度はワタルさんにくっつく。イツキさんが小声でカリンさんくっつき虫みたいだねと囁いてきて思わず笑ってしまった。
「……あ、もうこんな時間なんだ」
 不意に壁時計を見たイツキさんが言う。
「どうしようか。帰ります?ワタルさんシバさん」
 カリンさんはしどけなく横たわっている。まともな会話ができるのは残る二人だけだ。
「そうだねえ」
「だな」
 ワタルさんは腕組みすると帰ろうかと立ち上がる。シバさんはずるりとカリンさんを立ち上がらせると抱き上げる。うわ、カリンさんちっちゃいなあと思った。




「じゃあ俺ら帰るけど、…ほんとに散らかしっぱなしでいいの?」
「いいんですよー」
「すまない」
「お気になさらず」
 カリンさんはむにゃむにゃと何か言ったが聞き取れなかった。
「……」
 イツキさんはしばらく考えるように顎に軽く手を添えていた。そうして、「僕は残るよ」と言った。
「え?」
 イツキさんは微笑んでこちらを見る。
「一人で片付けるの、大変だろうし」
「…そんな、」
 悪いですよと言うとワタルさんは笑ってわたしを制止した。
「じゃあイツキくん、任せていいかな」
「はい」
 そんなこんなで、イツキさんが残ってくれた。






「コトネちゃん、これどの洗剤使えばいいのかな」
「あ、はい、えとですね」
 どのスポンジでどの洗剤で洗うか指示をしながらわたしは食器を拭いて棚に戻している。イツキさんは食器洗いを担当してくれた。
「………」
 無言で作業。気まずいのでテレビでもつけますかと訊くとそうだねと返事されたのでテレビをつける。深夜のバラエティ番組。深夜独特のノリで、妙に下ネタが多かったり演出があったり。でもそれは緊張を解してくれた。
「この番組ひどいですね」
 笑いながら言うとイツキさんは苦笑した。
「チャンネル変えます?」
「や、いーよ。こーゆーのが聞いてて面白いし」
「確かにです」
 だが番組は徐々に初体験うんたらかんたらとかいう話題になっていった。微妙に気まずくなる雰囲気に冷や汗が出る。
「イツキさん」
 気まずいので話し出す。
「仮面って取らないんですか」
「え」
「いや、こんなときまで着けておく必要ないんじゃないかなって思って……」
「………」
 イツキさんは黙ってしまった。
 変なこと言っちゃったかなと慌てて口をつぐむ。
 とりあえず謝らなきゃと思った。
「すみま」
「あんまり外して自信のある顔じゃないんだよなあ」
 驚いてイツキさんを見ると、優しい口元をしている。怒らせた訳じゃなかったと安堵したと同時に、わたしは思わず見てみたいです、と口に出していた。
「……あとでね。今手泡だらけだし」
「外します」
 わたしは布巾を手放すとイツキさんの方に寄る。よくわからないがとてもドキドキしていた。

 いいですか?

 そう言うとイツキさんは首を捻ってこちらを向く。手を伸ばしても何も言わないからわたしは仮面に触れた。そんなに彼は背が高い訳じゃないから、少し頑張って手を伸ばせば仮面を外すことができた。
「……ざんねん?」
 仮面を取り去ったイツキさんの目は紫の睫毛に縁取られた深い青色をしていた。それを呆けたように見つめ続けたから、イツキさんはそう言ったのだろう。否定するように言葉を紡ぐ。
「…睫毛も紫なんですね」
「生まれつきなもんで」
 変わってるでしょ、と笑う素顔の彼の顔は飛び抜けて美しいわけではなかったが、とても優しい顔をしていた。
「きれいです」
 イツキさんは驚いた顔をした。
「……ありがとう」
 わたしは仮面を置く。そしてまたきれいです、と呟いた。何度も。

 近いはずのテレビの音はもうずっと遠かった。
 遠いと思っていた彼はもうずっと近かった。

 わたしはイツキさんの服を掴んで背伸びをする。誰かをこんなに愛しいと感じたのは初めてだった。



………………………………………

 ワタル「どうしてこうなった」




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