a | ナノ



 わたしの背に爪を立てた兄は一瞬驚いた顔をしたがにやり笑って舐めてくる。これもおあそびの一つなのだろう、いつのまにかわたしの背中にはうっすらとたくさんのみみずがすみついていた。呼吸して連動する背中、わたしのみみずは生きている。
「痛」
 皮膚が裂かれまたみみずが増えた。兄はえろいとか訳のわからぬことをのたまいながらわたしを大切にしようとしない。そんな行為のあとわたしは痛みにうまく眠れなくて朝方夏の窓を開いてなま暖かい空気を吸い込んだ。うしろで兄の寝息が聞こえて悲しくなった。四時ごろの空はまだ遠く明るみをにじませているだけで夜のとばりを薄くまとわせている。手を伸ばすと届きそうなほど大きなにごった光の月が今月のわたしの子宮を思わせた。わたしはまだ始まってすらいない。
「…………」
 よくないことをしている。とうにそんなことはわかっている。父は知らない。万事屋のあのひとたちは知らない。黒ずくめのあいつらも知らない。誰も知らない。知ろうとしない。ただ万事屋の下のあの糞婆だけはわたしになにか変わったと言った。こいでもしているのかい、だなんてふざけたことを。わたしはなにも知らないのに。

 わたしはそっと兄のいる寝床へ足を進める。うつぶせて無防備にさらけ出した真っ白な背中を見て思わず爪を突き立てる。情事の最中おんながするように。すぐに赤く腫れ上がって兄の背中にもみみずがすまうようになった。おんなじだ、と思っていると青いふたつの目玉がこちらを見ていた。痛いよ、と寝起きのかすれた声で兄が呟く。わたしは笑ってほらお揃いと言う。目をすこし細めて兄は口元を歪めた。おいで、夜を感じさせない兄の声がわたしを腕の中へといざなう。
 そのとき不意に見えた外の明るみは、まさに今しがた見た兄の瞳そのものだった。






…………………………………………
 タイトル:泳兵



「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -