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 嘘で固めた道を歩く。アスファルトのように固いなんて、いったいどれほど嘘をついてきたのだろう。
 握った好きな人の手はいつの間にかなくなっていた。目の前で横たわる死んだ猫の腐臭が鼻をつく。まさにこの猫は自分だと思った。べったり土に身を預けて、それでも救いを求めている。下手すればこの猫は俺なのかもしれない。

 「……さむ」

 別段そういうわけでもないのに何でかそう呟いていた。俺はなんで嘘をついて歩いてきたのだろう。俺の主成分は嘘です。そんなだから俺の手を握る人の温かさは消えていったのだ。

 (どこにも行かないでネ)

 深夜のトイレ。妹は怖がって俺を起こしてトイレの前まで付いてこさせた。面倒だと思ったこともあったが、愛しい記憶だ。

 (待っててヨ)

 何度も念を押された気がする。何をそんなに不安がってんの。どこにも行かないから。確かに俺はそう言った。

 (だって兄ちゃん意地悪アル。隠れたりしちゃいそうネ)

 (しないよ。ずっとここにいるから)







 苦い気持ちがした。
 俺はその記憶も嘘で塗り替えてしまったようだ。

 約束をしてやっとトイレに入り、そしてトイレから出てきて俺の姿を確認した妹の表情は本当に嬉しそうだった。そんな些細なことで嬉しそうな顔されんのもなあと思ったが、きっと今はそんなことで嬉しそうな顔をさせることなんてできないのだろう。どこにも行かない。たったこれすらもできなかった俺がここにいる。

 (行かないで)

 あの雨の日。泣き声。ヘモグロビンが染みた服。

 やはり足元は確かな感触があった。そのときからもうすでに俺の足元は嘘で固められてしまっていたのだと思う。

 (そばにいて)

 どこにも行かないと言う約束を嘘にしてしまった、そんなこと今さら後悔なんてするはずがないと思っていた。もう足元を崩すなど恐ろしいことはできない。さようなら記憶。俺には嘘しか残っていないのだ。






 それでもあいつの手の温かさだけはどうしたって俺から消えてくれないらしかった。



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