ホームシックの前
最後の一口が、どうしたって口に含めなかった。銀ちゃんが作ってくれたとってもおいしいオムライスは食べ始めなんてスプーンが全然止まらなかったのに、今はホワイトソースの湯気が上がらなくなっている。
「冷めてる」
銀ちゃんが皿を見て言う。わたしは言い訳するようにお腹いっぱいになっちゃったアル、なんて言ってみた。銀ちゃんは笑ってお前がこんな量食いきれないなんて珍しいなと笑う。
「食ってやるよ。皿こっちに」
「いい、大丈夫」
「腹いっぱいなんだろ?残すなんざ、んな勿体ねーことさせるか」
「ちょっとくらい休憩させてヨ。あと少ししたら食べるから」
「そうか」
「それより銀ちゃんが作った冷蔵庫のケーキ、持っていってもいいアルか」
銀ちゃんはわたしの目をじっと見て首を振った。横に。残念に思う。
「あとどれくらいかかりそうだ」
「三時間ネ」
「嘘だろ」
「嘘アル」
わたしは笑った。悲しくて仕方なかった。何かを握り潰すように手を握り締める。
「お腹いっぱいなのも嘘アル、ほんとは全然足りない」
「何だそれ」
「足りないヨ、銀ちゃん」
「…………」
食わしてやりてーけど、なあ。時間が足りねえんだよ。
銀ちゃんの言葉が胸に突き刺さる。確かに時間はない。約束の時間まで後少し。
「寂しくなるネ」
スプーンで最後の一口を掬い上げる。口に入れるのを躊躇う。
「兄ちゃんについていったら、もう銀ちゃんの手料理食べられないアルな」
スプーンを口へ運んだ。空っぽの皿。満たされるわたしの体。
僅かな間ののち玄関のチャイムが鳴る。玄関にやった銀ちゃんの死んだように濁った目をふと、愛しいと思った。